(『天然生活』2022年7月号掲載)
日本古来の花火を継ぐ職人「和火師」
夏の風物詩のひとつといえば、蒸し暑い夜を彩る花火。
色とりどりの輝きは、だれもが笑顔になるひと時をもたらしてくれます。
この花火に「色」を加える技術、明治期に海外から持ち込まれたものであるとご存じでしょうか。
それ以前、江戸時代に日本人が親しんでいた花火は、燃える炭火の色と同じ、赤褐色の濃淡によって表現される繊細なものでした。
江戸時代の花火大会の様子が描かれた歌川広重「名所江戸百景 両国花火」でも、このころ打ち上げられていた花火は「和火」のため、オレンジ色一色で描かれています。
「職人たちの間では、化学薬品や金属化合物を使った西洋の花火は『洋火』、日本古来の花火は『和火(わび)』と呼ばれています。けれど、洋火の華やかさに押され、いまでは花火と聞くと洋火をイメージされる方が多いはず。一般の方で和火を知る人は少ないと思います」
そう話すのは、花火職人・佐々木厳さん。
佐々木さんは6年間の花火師修業の後、和火のもつ幽玄な美しさに魅了されて「和火師(わびし)」として独立。
和火のみを扱う花火師として、その魅力を伝える取り組みを続けています。
和火に使うのは3つの自然素材のみ
和火の原料は、木炭(線香花火は松煙〔しょうえん〕)、硫黄、硝石の3つだけ。
この素材を配合してできる最小の花火が「線香花火」です。
「線香花火は日本で発明され、いまも多くの人に親しまれる、最も身近な和火といえます。残念ながら、製造は国内でほとんど行われなくなってしまいましたが、シンプルな自然素材だけを使ってつくるという点は変わらず、和火そのものです。こんなに小さいのに、火を灯してから消えるまでにちゃんと起承転結があり、はかなさや終わったあとの余韻も感じられる。私にとっては花火のお手本のような存在です」
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線香花火 “3つ”の原料
1 松煙(しょうえん)
松の木をいぶしてつくる「すす」。佐々木さんは主にアカ松を使用。
松煙をつくる松の木にもこだわりが。自宅近くの神社に許可をとり、境内で枯れたアカマツを主に使用しているのだとか。
2 硝石
日本でもかつて製造されていた、爆発時の酸素源として欠かせない存在。
3 硫黄
火薬の燃焼を助け、線香花火の火球となる硫黄も自ら採取している。
「原料調達は、花火づくりと同様に大切にしたい工程。自分が手掛ける花火に深く想いが込められます」
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和火師となった佐々木さんはまず、「和火を身近に感じてほしい」と、自作の線香花火の販売とともに、線香花火を手づくりするワークショップの開催から活動を始めました。
「もちろん、江戸の時代から、花火製造は許可を得た特別な職人だけに許された仕事です。けれど、線香花火であれば、扱いさえ気をつければ一般の方たちにもつくっていただくことができる。自ら製造の工程に関わることで、より和火への理解や関心が深まればと考えました」
線香花火づくりの現場を拝見
やわらかな春の風が吹く4月、佐々木さんが花火製作を行っている千葉県の「福山花火工場」を訪ね、和火づくりの様子を見せてもらいました。
ふだんは打ち上げ花火を製造している工場の一室に座ると、早速道具を取り出し、自ら配合した線香花火の原料に向き合います。
和紙に専用のさじでそっと火薬をすくい載せたら、指先と机を使って紙を巻き、あっという間に一本完成。
手に持ってみると、軸の部分にピンと張りがあり、たわんだり曲がったりすることがありません。
接着剤などをいっさい使わずこの強度。さすがの職人技に驚くばかりですが、「形はうまく巻けても、火薬の配合はうまくいっているかどうか。火をつけてみるまでいつも緊張します」と、佐々木さん。
「自然のものを使っている以上、成分にばらつきがあるのは当然のこと。これをいかに安定して美しい和火にできるかが、技の磨きどころです」
それでも、佐々木さんがこだわるのは天然の、しかもできるだけ自らの手で採取したり育てたりした素材で和火をつくること。
「将来的には硝石も自分でつくれないか、木炭の素材のひとつである麻も、自分で育てたコウゾに置き換えられないかなど、やってみたいことはたくさんあるんです」
笑顔で話すその様子からも、和火に寄せる情熱が伝わります。
〈撮影/疋田千里、砺波周平 取材・文/玉木美企子 取材協力/福山花火工場〉
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです