(『天然生活』2021年9月号掲載)
母へ届けつづけた写真レター
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです
「モーネ工房」を主宰する井上由季子さんが、入院先の義母の久喜子さんに届けつづけた写真レター。
世の中は、新型コロナウイルスの大流行中。面会はおろか、病棟への立ち入りすらできません。
「92歳ではじめての入院。面会もできず、どれほど不安かと。病室が生活の場となる人には、なんでもないふだんのことこそ大切なのだと、日常のかけらを届けました」
手紙だからこそ生まれた「思いやりの循環」
「テディベア作家だった久喜子さんの病室にお手製のベアを置いていたのですが、毎晩、看護師さんが枕元で一緒に寝かせてくれていたそうです。みなさん、直接的なケアだけでなく、そういう小さな気遣いを重ねてくださいました」
手紙を通じて、患者ひとりひとりがもつ物語や人柄、家族の一生懸命な思いが医療者に伝わると、その思いは、患者やその家族へ、より親身なケアというかたちで還元されていきます。
そしてまた、それを受け取った患者や家族が、医療者に感謝の思いを伝える。これを井上さんは、「思いやりの循環」だと話します。
「医療の現場では、身内は必死に思うあまり、つい『もっとこうしてほしい』と要望ばかりを伝えてしまいがちです。でも、よく目を凝らしてみると、小さな思いやりにあふれているんです。『ありがとう』とか『感謝』という思いを漠然と抱くだけでなく、なにがうれしかったか言葉にして伝えると、さらに深く伝わるし、気持ちや思いやりが伝播して、その場の空気を変えていくのだと思います。もし、これがメールでの一対一のやりとりだったら、こんなふうになっていなかったはずです。手紙というアナログな方法だったからこそ、周りの人にも思いを感じてもらうことができました」
手紙なら素直に伝えられる
離れて住む姪とも、やりとりは手紙を心がけているそうです。
「4年前に香川に来てからは、地元の海や、近所に咲く文旦の花など、身近な自然の写真を使った手紙を送るようになりました。小さな紙1枚ですが、そこから景色が広がって、気持ちのよい空気が届いたらいいなと思って。面と向かってだと、つい照れてしまうようなことも、手紙なら素直に伝えられます。それに、人の書いた文字が好きなんです。みんな違って、温かいでしょう。手紙には、その人だけの文字と選んだ紙とがあって、そこから伝わるものがあるのではないでしょうか」
<撮影/林 紘輝 取材・文/藤沢あかり>
井上由季子(いのうえ・ゆきこ)
香川を拠点に、夫・正憲氏とともに、子どもも大人も手と心を動かしてものづくりをする「モーネ工房」を主宰。医療の場にアートを取り入れるホスピタルアート、病院・高齢者施設でのデザインやワークショップも行う。著書は『大切な人が病気になったとき、何ができるか考えてみました』(筑摩書房)など多数。
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです