写真の先にある、その子の物語も含めてポートレートに
―――ヤンヤンプロジェクトは、具体的にはどのように進めているのですか。
猫沢さん:参加者には写真だけではなく、動物パートナーとの思い出などのお話を送ってもらいます。
そして描かれる子がどんなキャラクターなのか、どんな物語があったのかを、私が訳して彼に聞いてもらうんですね。
それから彼がA4サイズのブフォン紙に、クレヨンでデッサンを起こします。
ヤンさん:写真は一瞬を捉えたものですよね。描いていくときには、紙の上に永遠のものとしてどう残すのか、動物パートナーの魂を紙の上にどう移したらいいのか、いつも考えながら描いています。
猫沢さん:子猫のときに印象的な思い出があるから子猫時代を描いてほしいとか、飼い主さんによって描いてもらいたい時期はそれぞれなんです。
でも彼が描くときは、その時間を超えるというか……いつでもないというのかな? 永遠かもしれないし、時間軸を超えるというのは、写真ではなくデッサンだからできることなのかなと思います。
ヤンさん:人間同士でも、その人とわかり合いたいと思ったら、目を見て話をしますよね。
絵を描くときも、同じことが言えると思うんです。最後に目を描く画家さんもいらっしゃいますが、僕は最初に目を描きます。目を描くことで、その子の魂がおりてきて、語り始めてくれるんですよ。
猫沢さん:いつも本当にその子とやりとりしている感じがあって、描いている様子を見ていると、魂がおりてきた、おりてきた、100%きた! みたいな瞬間があります。
絵からはその子が一生を語っているような、生死を超えた普遍性を感じます。
――参加者の方の反応はいかがでしょうか。
猫沢さん:みなさん普段は長文を書くことがないから大変だと思うんですが、書き出すうちにいろいろなことを思い出されるようです。
当時の感情や考えていたことを客観視できて、こんなに愛していたんだということを書くことで振り返れる。
見送りのときには多かれ少なかれ後悔もあって、自分を許せなかったことも許せるようになったり、わだかまっていた気持ちがすっきりしたり、そういう効果もあるんですね。
ポートレートをお届けした飼い主さんからは「似てるとかじゃないんです。ここにその子がいるんです」っておっしゃっていただけています。
彼が言っていますけれど、写実だけなら彼よりもっと正確に残せる人はいるんだけれど、画家として物体をその形に起こす以上のコンタクトをしている。動物と語り合いながら、 プライベートな関係性を起こしていくことにトライしているから。
ヤンさん:心の繋がりだったりとか、そういったもので成立してるのかな。
――作画代5万円で、このうち10%を動物保護団体に寄付するそうですが、この価格設定については悩まれたようですね。
猫沢さん:この価格は人によって高い・安いそれぞれだと思いますが、飼い主さんの純粋な愛情を利用することは絶対にあってはならないし、みなさんに間口を広げられるように、できる限り価格は低く、私たちがギリギリ活動できる価格にしました。
ヤンさん:フランスは日本よりも著作権意識が強いんです。いつもだったら原画は自分で所持してデータだけを販売しますが、今回は僕が原画を所持するんじゃなくて、飼い主さんにお渡ししています。描かれている動物は飼い主さんにとって大事な存在ですからね。
猫沢さん:彼がふだん原画を渡さない理由は、不正利用されてグッズを作られたり販売されたりしたことがあるからなんです。今回はそういう心配がないと。
商業利用は不可ですが、たとえば個人的にTシャツを作って友達にあげても全然問題ない、お好きに使ってくださいというスタンスなんです。
みなさん、自分の子を使って、悪いことなんてしないし、そう信じられるピュアな関係性も、このプロジェクトを始めてうれしかったことのひとつです。
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猫沢さんとヤンヤンさんのふたりによるプロジェクトのため、現在1年ほど待つようですが、参加者のみなさんは、できるだけ後回しでいい、と楽しみに待ってくれているのだとか。最終話では、そんなプロジェクトの参加者たちと実現したいヤンヤンプロジェクトの未来についてお聞きします。
写真/猫沢エミ、林紘輝(インタビュー) 取材・文/長谷川未緒
猫沢エミ(ねこざわ・えみ)
ミュージシャン、文筆家、映画解説者、生活料理人。2002年に渡仏し、2007年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー『BONZOUR JAPON』の編集長を務める。超実践型フランス語教室「にゃんフラ」主宰。2022年2月から猫2匹を連れ、二度目の渡仏、現在はパリに暮らす。一度目のパリ在住記を綴った『パリ季記』(扶桑社)のほか、『猫と生きる。』(扶桑社)や『ねこしき』(TAC出版)、『猫沢家の一族』(集英社)など著書多数。昨年12月に出版された料理絵本『料理は子どもの遊びです』ミシェル・オリヴェ著/猫沢エミ訳(河出書房新社)のシリーズ第三弾、『コンフィチュールづくりは子どもの遊びです』が9月発売予定
インスタグラム:@necozawaemi
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ヤン・ラズー(Yann Lazoo)
1969年パリ郊外に生まれる。パリ第6大学(ピエール・マリー・キュリー大学)物理専攻量子学科の大学院へ進み、ヨーロッパ内企業の数学講師など絵を務める。同時に10代からアメリカンコミックやバンド・デシネ(フレンチスタイルのアート漫画)の世界に傾倒し、デッサンを独学で始める。20歳の頃、フランスの最大手メディアストア《fnac》の新人バンド・デシネ・アーティスト大賞に選ばれたのをきっかけにプロデビューする。
27歳のとき、量子学の世界から画家へ完全転向。その後グラフティースタイルの壁画制作と、雑誌・出版物へのイラストレーション活動をふたつの柱に、アートフェスティバルのプロデュース、ディオールのデフィレ会場壁画制作、パリ市内中学校の内装壁画制作など幅広く活動中。今回ヤンヤンが使うデッサン画のテクニックは、クラシックな写実の技法だが、モデルの呼気も取り逃がさない繊細なタッチは、まさにフレンチリアリズムと言える。元数学者の左脳と、クリエイションを生み出す右脳がバランスよく内在した、クリアかつ、あたたかな表現が特徴。
インスタグラム:@yannlazoo
ヤンヤンプロジェクト
インスタグラム:@projet_de_yannyann
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