(『天然生活』2023年10月号掲載)
団地をひとつの大きな家族に
最寄り駅からはバスで11分ほど。典型的な郊外型の団地の一室に小規模多機能型ホームとして始まった「ぐるんとびー」はあります。
エレベーターで6階まで上がった廊下の先にある扉は、いつだって開きっぱなし。「冬でも閉めません。すごく寒いんですけどね」と、「ぐるんとびー」取締役の菅原有紀子さんがにこやかに教えてくれたとおり、この場所へは地域のだれもが出入り自由。
「ぐるんとびー」が目指しているのは、地域で暮らす人々が困っているときに助け合えるような関係性が築けて、「ほどほど幸せ」に暮らせること。介護や医療はそのための手段だと位置付けているのです。
介護する側、される側ではない、信頼のうえで成り立つ関係
団地なのだから当然といえば当然ですが、友達の家へ遊びに来たかのようで、介護施設に来た感はゼロ。伺った時間帯は台所で昼ごはんの準備中。おいしそうな香りも漂っていました。
「今日は“阿部さん食堂”の日なんです」と教えてくれたのは、スタッフの大内由美さん。
「利用者で料理上手な阿部さんがスタッフを含む20人分のお昼ごはんをつくってくれるんです。お母さんの味がおいしくて、若いスタッフたちは料理を教わったりしているんですよ」
そういう大内さんに、「結局は大内さんがまとめてくれているの。自分で自分の作業療法をやってる感じね」と返す阿部さん。実は、以前は看護師として働いていたため、ここでの阿部さん食堂の作業も専門的な観点からそう捉えているようです。
この日の献立は、夏野菜を使ったそう麺、あえもの、そして肉じゃが。
準備を終えた阿部さんも、ゆっくりとした足取りでテーブルへと移動して、お昼ごはんを食べ始めました。
阿部さんがここに通い始めたのは1年半ほど前から。その前は、家からほとんど出ることはなく、ふとんから起き上がれず、歩くのも難しかったというから驚きです。
「ぐるんとびーに来て元気になったわね」という阿部さん。理由を尋ねると「やっぱり役割をくれて、存在を認めてもらったことかな」という返答。
「自分は役に立たない人間だと思っていたけれども、そうじゃないんだってことよね。ごはんをつくったら、みんながおいしいおいしいって食べてくれる。“阿部さん食堂”なんて呼んでくれるから、責任感も出てきます。でもね、本当のことをいうと、大内さんやスタッフのみんなに支えてもらっているからできているのだけどね」
阿部さんは言葉をたぐり寄せながら、ゆっくりと話します。そして「できないときはのんびりと過ごします。絶対にやらなくてはいけないというのではないからいい」と付け加えました。
阿部さんがつくったごはんには、スタッフが借りている畑でみんなで収穫したなすやズッキーニが使われていました。
「90歳の塚田さんは若いころ農業をやっていたから、畑に行くと元気になるんですよ」
隣でごはんを食べていたスタッフの細田亜矢さんがいうと、阿部さんも「ほんと、目が輝きだして、表情が全然違うの」と同意。
そんな阿部さんは、若いスタッフの悩み相談を受けることもあるといいます。
<撮影/在本彌生 取材・文/岡田カーヤ>
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです