(『天然生活』2023年10月号掲載)
目指すのは「ほどほど幸せ」に暮らせること
最寄り駅からはバスで11分ほど。典型的な郊外型の団地の一室に小規模多機能型ホームとして始まった「ぐるんとびー」はあります。
エレベーターで6階まで上がった廊下の先にある扉は、いつだって開きっぱなし。「冬でも閉めません。すごく寒いんですけどね」と、「ぐるんとびー」取締役の菅原有紀子さんがにこやかに教えてくれたとおり、この場所へは地域のだれもが出入り自由。
「ぐるんとびー」が目指しているのは、地域で暮らす人々が困っているときに助け合えるような関係性が築けて、「ほどほど幸せ」に暮らせること。介護や医療はそのための手段だと位置付けているのです。
ルールや専門を超えて困ったときに助け合う
そこにあるのは「やってもらう」「やってあげる」というのとは異なる関係性。「地域がひとつの大きな家族になればいい」というぐるんとびーが掲げる理想のかたちを垣間見た気がしました。
ぐるんとびーが行っているのは、日帰りで施設に出向く「通い」、短期の「宿泊」、自宅で支援を受けられる「訪問」の3つの機能を組み合わせてケアをする「小規模多機能型居宅介護」というもの。
「どのようにケアをしていくか家族や本人と話し合って決めないといけないので、運営の難易度がめちゃくちゃ高い仕組み。自由度が高く運営できる介護施設はどんどん減っています」というのは、代表の菅原健介さん。
「でも、やっぱりみんな自分のスタイルで生きたほうがいい。すると自然と訪問件数が多くなる。うちは日本でもトップ5に入るくらい訪問件数が多い事業所だと思います。1日10回訪問しても、1回しか訪問しなくてもこちらに入る金額は同じなんですけどね」とあけすけに笑います。
元広告代理店勤務だった菅原さんが介護事業を始めたのは、東日本大震災で現地のボランティアコーディネーターをやったことがきっかけ。
そこでは支援物資は平等に配らないといけないなどのルールがあって、目の前で困っている人がいるから助けたいという思いと相反する経験を何度となくしたといいます。
一方、同じ被災地でも郊外に行くと顔なじみの関係の下、物々交換など信頼を担保にした経済圏がある。そうした様子をみて「やはりこれからは人と人とのつながりが大切だ」と実感。
介護保険の制度を借りながらも、困ったときに助け合う文化のある地域づくりをしたいという思いで、2015年に「ぐるんとびー」をスタートしました。
始めて訪れたときの「こんにちは」があったから
団地の一室を介護施設にするのは日本で初めてだったので手探りでのスタートだったと振り返ります。
現在は通りをはさんだマンションの1階、商店街の中にも拠点を設け、コロナ禍が明けつつあるいま、地域とどうコミットしていくかを模索中。
いろいろな活動をしていて、団地内で暮らすスタッフが毎朝7時30分、自主的に開催しているラジオ体操では、利用者も住民も一緒に参加。終わったあとはコーヒーを飲みながら話すこともあるといいます。
毎週水曜日に開催している野菜販売もそのひとつ。開始時刻の14時に、3号棟のエントランス前の広場にのぼりを立て、近隣の農家がつくった無農薬野菜を置くと、すぐにお客さんがやって来ました。
「今日はなすが2種類あるのね」
「暑いから麻婆なすなんていいんじゃない?」
次々と住民がやって来て、井戸端会議が始まります。買わない人も、「こんにちは」とあいさつをして通り過ぎていく、そんな当たり前の会話のやりとりが行われる心地よさ。
7月の暑い日でしたが、心地よい風が吹き抜けていきました。
「毎週楽しみにしているのよ」と言うのは、今年3月にこの団地に引っ越してきたという岩崎泰子さん。夫が亡くなって途方に暮れていたとき、なにかのきっかけになればとぐるんとびーを訪問。
「初めて行ったとき“こんにちは”と迎えてくれたの。“なにかご用ですか?”っていわれていたら、すぐ帰っちゃったわね」と岩崎さん。いまでは、ぐるんとびーで開催される折り紙や藍染めの会などに参加。
「お仲間に入れてもらえて、うれしいです」
<撮影/在本彌生 取材・文/岡田カーヤ>
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです