心を満たす器と洋服が揃う上質空間
「若い頃は、日用品というよりも、絵画とか彫刻とか、空間をつくるものにすごく興味があったんです。でも、器を扱うお店でちょっと働く機会があったり、自分で料理をするようになると、『器ってただの道具じゃなく、日常の空間をつくるものでもあるんだ』と気がついて。途端に興味が湧きました」
そう話すのは、長野市にある器屋さん「夏至」の店主、宮田法子さんです。古い商家を改装した店内は、まるでアートギャラリーのような洗練された空間。器がひとつひとつ引き立つよう美しく配され、ご近所さんから遠方の器好きまで虜にしているお店です。
「なにか物を使ったり、身につけることで、いままで見えていた景色がパッと変わったり、目の前が開けるような感じになったりとか、皆さんおありだと思いますが、まさにそんな感じでした」
器にたちまち魅了された宮田さんは、工芸店で働くことを決意。職場で器に触れ、作家と仕事を重ねるうちに、作家のことをより深く知るようになります。そして、独立へ。「お店を持つことに、実は憧れはあまりなかったんです。それより、自分の空間を持って、物づくりの現場に携わり続けたい、作家たちの世界の住人になりたいと強く思って」
そうして、2002年に店をオープン。昔から大の洋服好きだったこともあり、ほどなくして器のほか、洋服も扱うことに。「オープン当時の地方では、30代半ばも過ぎると、服を買う店がなくて。自分もそうですが、本当に困って」と、当時を振り返ります。並ぶのは、信頼を置く「ゴーシュ」「イェンス」といった上質なブランド。
企画展は年に10回ほど開催し、そのうち3回ほどが器の展示。展示会のないときは常設展となり、常設では器が主役となります。
なかを見渡すと、壁に飾られたアートを発見。器に馴染みひっそりと、でも存在感を放って、店内を彩ります。
「もともと美術好きというのがあり、器だけでなく、こうしたアートも少しは盛り込みたいという気持ちが奥底にあって。いつも必ず置いているわけではないですが、器と同じ空間で見ていただくことで、興味を持っていただけたらという。個人的な願望です(笑)」
日本の料理を盛り立てる器を
そんな宮田さんに、いち押しの作家さんのアイテムをご紹介いただきました。
まずは、長野県塩尻市で作陶する、深澤彰文(ふかさわ・あきふみ)さんの器です。
「深澤さんは、真っ白の器だけをつくられる方。少し前に亡くなられてしまいましたが、陶器をアートにまで高めた稀な作家、黒田泰蔵さんに師事されていました。さらにその前は、伊豆の玉峰館という名高い旅館で働かれていて。そのときに、清掃も含めて、室礼や花生け、器の扱いなどを学ぶなかで、美意識を養われたそうです。
作家ものは、白といっても、青味だったり黄色味を帯びていたりとさまざまですが、深澤さんの器は、真っ白。それでいて、あえて施している歪みやろくろ目など、いわゆる手の跡があります。無機質な白と人間臭さのようなものが共存していて、そのバランスに魅了されますね。
深澤さんの器は、意外と和食がよく合い、お出汁の色も映えるんです。たとえば、大きい『丸碗』なら、夏は冷たい麺にお出汁をかけ、薬味をたっぷりのせるときれい。小さい『丸碗』は、果物やヨーグルトはもちろん、胡麻和えや揚げ出し豆腐など、和のお惣菜もすごく合います」
お次は、都内で制作する、鎌田奈穂(かまだ・なほ)さんの器とカトラリーです。
「鎌田さんは、合金は使わず、純度の高い金属だけをお使いになります。というのも、鎌田さんはかつて、名古屋の茶道具金工家のお家の三代目、長谷川竹次郎さんに師事されていました。お茶道具は、合金を一切使わないそうで、それを継承されていらっしゃいます。
『フォーク』は、先端が反っていて、菓子切りでも使いやすい形ですね。鎌田さんは、器やカトラリーのほかに、シンプルなアクセサリーも手掛けています。米粒よりも小さなピアスなんかもおつくりになりますが、叩き跡により不思議と存在感があって、素敵ですよ。
金属なのに柔らかく見える、そんな叩き方ができるのが、鎌田さんの最大の魅力に感じます。弟子入りを決める前は、美大を目指されていたぐらいで、感性も抜群。形はごくシンプルなのに、肌のニュアンスやサイズ感など、至るところに素晴らしい感覚をお持ちです」
最後は、長野県安曇野市で制作する、吉田佳道(よしだ・よしみち)さんの花器です。
「吉田さんは、大分で修業されましたが、長野で制作されています。長野のご出身というわけではなく、山と野の花が大変お好きで、長野に移住されたと仰っていました。ご自宅の庭で山野草を育てたりと、本当にお花好きで、つくられるものもほとんどが花器です。
『ふくろう』は、透かし編みで涼し気な表情が魅力。『黒縄文』『小の籠』は、黒竹に漆を塗って仕上げたもので、秋の実がついた蔓や冬枯れした植物なども似合い、通年使えます。花を生けるのはハードルが高いと感じる方も、吉田さんの花器なら、草花一輪でも様になり、気軽にできますよ。花生けが上手くなったと錯覚させてくれます(笑)。
そんな風に、草花ひとつで様になるのは、花への愛情が込められているからだと思います。たとえば、少し不安定な花籠には、見えない場所に重石を入れたり、全部ではないですが、落としを水が腐りにくい銅にされたり。花がきれいに見えるよう、隅々まで工夫してくださっています」
宮田さんは、作家さんを選ぶとき、どんなことを大切にされているのでしょうか。
「自分の嗜好が当然存在しますが、そのうえで、つくり手のつくりたいと思っている世界が明確で、自分の内側を強く見つめながら、そこを深く掘り下げていっている、という印象を受ける方ですね。つくり手の情熱の度合いというのは、大切にしている部分です。
作風でいうと、素朴さと洗練さが、いい塩梅に共存しているものに惹かれるように思います。あとは、“日本の料理をきれいに見せてくれる器”と無意識に考えていて。家庭人のために器選びをしてはいますが、“料理屋さんと家庭の食卓の間にあるもの”を探している気がします」
「夏至」は、善光寺表参道商店街のなかにあり、善光寺の目の前まで歩いて5分ほどの距離と、お寺とは目と鼻の先。善光寺参りとともに立ち寄れば、楽しさも倍増しそうです。
※紹介した商品は、お店に在庫がなくなっている場合もございますので、ご了承ください。
<撮影/宮田法子 取材・文/諸根文奈>
夏至
026-237-2367
11:00~18:00
火・水休 ※展覧会会期中は火休 ※臨時休業は、HPのnewsとSNSでお知らせしています。
長野県長野市大門町54 2F
最寄り駅:JR「長野駅」よりバスで10分、バス下車後徒歩1分ほど
https://www.geshi.jp/
https://www.instagram.com/gallery_geshi/
◆岸野寛さんの個展を開催予定(5月10日~19日)