(『天然生活』2020年1月号掲載)
庭先から始まるつながりのジャムづくり
1990年、精神に障がいのある人たちとその家族間の支え合いを目的に、東京都北区で始動した「つばさ工房」。
治療、回復後の社会参加を支援する活動として、2004年、ジャムづくりが始まりました。きっかけは、当時の施設の窓の外にたわわに実ったびわの木。
「実がぼとぼと落ちてだれも食べていないのを見て、もったいないねと話していて」と、いまもここの職員として働く今井后江(きみえ)さんは振り返ります。

玄関口ではジャムを直接販売中。取材の日も、時折、買い求めにやってきた人がチリンと呼び鈴を鳴らした。梅、夏みかんなど地元北区産の素材でも、山梨、三重、熊本など日本各地から届く素材でも、「ここでは、どこでどなたが生産しているかがわかる素材だけでジャムをつくっています」と、所長の中村 猛さん
界隈には古い戸建ての家が多く、庭先には、豊かに実をならせる夏みかんや梅の木も。しかし高齢の住民が多く、その実りはそこかしこで放置されていたそう。
これをどうにか生かせないか。そんな思案のなかから生まれたのが、共同作業によるジャムづくりでした。

ジャムづくりに携わるメンバーがそろったら、まずは衛生チェックからスタート。身だしなみ、調理台、調理器具などのチェック項目をひとつひとつ読み上げ、みんなで確認を行う
「ただ私たちの施設は、地域に理解されていない......というより、まず知られていなかった。当初は、果物をいただくのに警戒もされましたよ。ジャムづくりの活動をお伝えするチラシを配って、少しずつ、少しずつ地域とつながって」
こうして、地域の果物を寄付として受け取り、それをジャムにしてお返しするやわらかな関係は、15年にわたり紡がれることに。
「ばあさんのころからのつきあいだから」と、代々果物を届けつづけてくれる家族もあるといいます。
少しずつ、少しずつの経験の積み重ねで
ある日の午後。この日2度目のジャムづくりを担当する施設の利用者4人、職員2人が調理室に集いました。
素材は、熊本の農家から数年来、届けられているいちご「肥後こまち」。

知人に紹介されて以来、懇意にしているという熊本県玉名市の農家、森口千秋さんが生産する「肥後こまち」。不ぞろいなものを安く譲ってもらっているが、「生で食べても抜群においしい」と、ここで働く人たちも信頼する素材だ。新鮮なうちにへたを取り、冷凍庫にストックしている
これをカットするかたわらではびんの煮沸の準備が進み、ひとりが銅鍋に向かっていちごを煮始めれば、片やびん詰めの態勢が整えられていきます。

ジャムを詰めるびんは水洗いし、蒸気の上がった蒸し器に入れ熱消毒。あつあつになったジャムを蒸し器から取り出すときに使うトングには、すべり止めの輪ゴムを巻きつける工夫が施されている
煮詰まり具合を観察する鍋の前から「見て。いちご足さなくて大丈夫?」と問いかけがあれば、数人でのぞき込み、「本当だ! 足しましょう」との職員の声の下、いちごを投入。

砂糖が溶け、煮汁が徐々につややかに。通常は、半量はハンディブレンダーで果肉をつぶし、半量は果肉を残して後から合わせるが、この日は量が少なく、煮詰まりすぎないよう一度に煮ることに。経験を積んだメンバーの臨機応変さがのぞく
着実な段取りのなかにも柔軟な変更あり、相互のサポートあり。緩やかながら有機的な連携で、ジャムが仕上げられます。

つばさ工房のジャムのアイコンといえる、ふたにかぶせる愛らしい布は、採寸して細く切った生地を折りたたみ、ピンキングばさみで一気に切る。生地は、日暮里の問屋街で調達
「でも、はじめからこんなふうにできたわけではないんです。とくにお薬を飲んでいる方にとって、集中力を保っての立ち仕事は想像以上に大変なんです。包丁を握ったこともなかった人がせん切りしたり、熱いジャムを手を震わせながら詰めたり。少しずつ、少しずつ積み重ねてここまで来ました」

完成した「肥後こまち」のジャム(130g入り)。いちご、てんさい糖、レモン果汁のみを煮た無添加の手づくりジャムは、やさしい甘味と、程よく残った果肉感がおいしい
果実、砂糖のみの素朴な味わいが愛されるジャムには、この活動をゆっくりと育ててきた工房の人たち、家族、地域の人々の歩みもまた、確かに詰め込まれています。
<撮影/森本菜穂子 取材・文/保田さえ子>
NPO法人飛鳥会 つばさ工房
住所:東京都北区西ヶ原2-40-12 パーソナルハイツ飛鳥山1F
営業時間:9:00〜17:00
定休日:土・日・祝日
電話:03-3910-4617
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです