村に活気を呼ぶ、器と生活道具のお店
長野県小谷村というと、全国有数のスキー場を擁することで知られていますが、人口2600人ほどの過疎の村でもあります。でも、そんな小谷村に3年ほど前に誕生、じわじわと注目を集めているのが、今回ご紹介する器屋さん「紡ぎ舎(つむぎや)」です。
店主を務めるのは、仕事の関係で長く海外暮らしを経験したという増富康亮さん、永子さん夫妻。「私は全部で4カ国ほど住んだことがあります。銀行員をしてました。まったく別ジャンルです」と、康亮さんは笑います。
一方の永子さんは、「物づくりに近い場所で働きたい」と、フランスの歴史ある外資系メーカーに勤務。現場を間近で見学したり、職人への知識を深める機会を持つことができたといいます。
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冬は雪深く、店に訪れる客はまばら。夏になると、登山や避暑で長野を訪れた人が足を延ばし、店は賑わいを見せます
「海外生活は楽しんでいたものの、日本のよさを改めて感じることも多くて。なかでも、日本の物づくりと食がいいなぁと。40歳になる節目で銀行を辞め、何か違うことを始める決断をしたんですが、そのときに頭に浮かんだのが、そのふたつでした」
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築約150年の土蔵を改築した建物。器のほかに、南部鉄器などの伝統工芸品、食品、生活雑貨などが並びます
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下段の器は、京都の作家、荒賀文成さんのもの、上段は、益子の若手作家、柏井羊さんのもの
まずは、物づくりや食を深く知るところから始めようと、日本に帰国。でも当時は、コロナ禍の真っただ中。それでも「Go To トラベル」が始まり、移動していい雰囲気が国内に生まれると、夫婦で全国を車で旅することにします。青森から九州まで、各産地の伝統工芸品の工房や作家のアトリエを訪れますが、その数は60箇所以上にもなったとか。
ありがたいことに、どこも歓迎ムードでお出迎え。コロナ禍で訪問客が少ないこともあり、時間を割いていろいろな話を聞かせてくれたといいます。そこで知ったのが、それぞれが課題を抱えているという現実。原材料が入手困難になってしまったり、後継者が不足していたり……。
「そういった話を聞き、経営的な部分とかでなにかお手伝いできたらと思い始めたんです。私のバックグラウンドは金融なので。でも、どこの馬の骨ともわからない人間が出ていっても、『誰だ、お前は?』となる。そこで関係性を構築するのに、まずは、彼らの商品や作品を扱って人に広めていくことが、最初の入り口としていい形なんじゃないかとも思って」
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木べらは、大久保ハウス木工舎のもの、ピーラーはヨシタ手工業デザイン室のもので、ともに人気の品です。
そうしてお店を構えたのは、康亮さんの出身地の小谷村。でも、是が非でも小谷村という強いこだわりがあったわけではなく、決め手となったのは物件でした。村の人から、壊される予定の蔵があるのを教えてもらい、あまり期待せず見に行ったと話します。
「案の定、風情があるというよりは、トタンに覆われたいまにも潰れそうな古い蔵でした。でも、中に入ると驚いて。普通、人が長く住んでいない古民家なんかは、黴臭かったりしますが、全然そんなことなかったんですよね。蔵って、中の環境が非常によく保たれるようにできてるんだなって感心して」
そして、天井を見上げると、とても太くて立派なケヤキの棟木(むなぎ)が。それを見た瞬間、「ここを潰しちゃいけない」と、夫婦ともども思ったそう。
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決断の元になったケヤキの棟木。蔵の繁栄を願う文言などが記されています

湯呑、皿、鉢は、掛江祐造さん作。奥の白いカップは、石曽根沙苗さん作
小谷村では、「紡ぎ舎」ができる2年ほど前に、「白月」という喫茶がオープン。移住者がつくったお店で、“素敵な空間で絶品のお菓子とコーヒーが楽しめ、さらに絶景も望める”と、たちまち話題に。県外からも人が訪れるなど、人の流れに変化が生まれました。そこに「紡ぎ舎」も誕生したことで、さらに変化が増すことに。
「それまでは、『こんなとこ、人来ねえよ』ってみんないってたんだけど(笑)。いまでは、村の人たちも、自分たちの住む場所は、意外といい場所なんじゃないかって気づき始めてる感があって。土地のよさを外の人に伝えられたら、過疎の現状にもいい影響が生まれるかもしれない。いい刺激を加えられたらいいなぁという思いはあります」
素敵な人がつくる、使い勝手のいい器を
そんな増富さん夫妻に、いち押しの作家さんのアイテムをご紹介いただきました。
まずは、長野県大町市で制作する、木工ヤマニさんのペッパーミルです。
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「ドレス」と名付けられたペッパーミル。天然木ならではの美しい木目と愛らしい形に、目が釘づけ
「木工ヤマニは、内山翔平さん・未来さんという若いご夫婦でされていて、おもにペッパーミルを手掛けています。材の種類もいろいろ、形もいろいろで、選ぶ楽しさがありますね。翔平さんのアイデアで多彩な形が生まれ、未来さんが形からイメージを膨らませて、名前をつけています。
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ずらり並んだ姿は圧巻。ニンジン、コケシ、ベルなど、ネーミングもチャーミングです
お二人は、長野県の上松技術専門校という、優れた木工作家や職人を輩出する名門で学ばれました。夫婦揃って大の胡椒好き。さらに、“上松”の先輩だった、大久保ハウス木工舎の公太郎さんとその奥様の後押しもあり、ミルを手掛けるようになったんです。
ミルの刃には、プロ御用達のミルメーカー『IKEDA』のものが使われ、削り心地も抜群です。『IKEDA』はミル自体をつくっているので、刃の部分だけの卸販売はしていませんが、おふたりが手紙をしたためお願いしたところ、特別に卸してもらえるようになったそうです。
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その名も「クビレ」。北アルプスの地域材を使用しています
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こちらは「ニンジン」。下のミル置きは、木工ヤマニ、塚崎愛さん、紡ぎ舎のコラボ商品
いま、北アルプスの地域材をもっと活用していこうという動きがあり、木工ヤマニも最近では、地域材を使ったミルを多く制作されています。うちの店の前の木を切ったときに、使ってもらったこともありますよ」
お次は、長野県大町市で作陶する、塚崎愛(つかざき・めぐみ)さんの器です。
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貫入が美しく入った「リム皿 貫入」。余白を残して盛り付け、貫入を愛でながら料理やおやつを楽しみたい
「塚崎さんは横浜のご出身で、横浜で作陶されていましたが、結婚を機に、長野県大町市に越してこられました。大町市の商店街の一画に工房を構えられたのですが、有名な方が町に来たというので、“物づくり界隈”の人たちがザワつきましたね(笑)。
我々もお会いしてみたいけれど、恐れ多くて声をかけられないでいたのですが、あるとき塚崎さんがお客さんとして店を訪ねてきたんです。飾らない、それでいて細やかな気遣いができるお人柄に、『だから、こういった作品が生まれるんだな』って腑に落ちて。たちまちファンになりました。
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「リム皿 貫入」にお菓子をのせたところ。うっとりするほど絵になります
塚崎さんの器は、私たちにとって、器というより、そばに置くことで心が和む存在です。心が高揚したり、逆に落ち着いたり、そこにあるだけで空間が完成するみたいな、生活を豊かにするもの。のせるものは食べ物に限らなくてもよくて。小さめの『リム皿』なら、リビングやベッドルームで、大事なものをのせるトレーとして使ってもいいなと思います。
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塚崎さんの作品のなかでも、とりわけ人気なのがジュエリーベース。こちらは「糸雨(S)」
ジュエリーベースの『糸雨』は、ガラス釉を流し込み、そこにできたヒビがデザインになっています。1点1点割れ具合が違い、光の具合や見る角度で、多彩な表情を見せてくれます」
最後は、岡山県備前市で作陶する、森一朗(もり・いちろう)さんの器です。
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備前焼の器をつくる森さん。焼き締めならではの表情が魅了する「片口鉢」は、花を入れても似合います
「店を始めるずっと前、夫婦で備前を旅したことがあって。陶器屋が軒を連ねる通りにひと際おしゃれな佇まいのお店があり、それが森さんのお店でした。森さんご夫婦とお話させていただくと、共通点も多かったりと盛り上がって。そのとき買って帰った器は、毎日のように手が伸び、いまでも大切に使っています。
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横から見たところ。力強さと美しさが同居し、ずっと見ていても飽きさせません
森さんの器は、表情が豊かでかっこよく、存在感があります。それでいて、主張が強すぎないので、お料理も引き立たせてくれるのが魅力。森さんも我々の好みをよくわかってくださっていて、好みの焼け具合の器ができると、『こういうのお好きですよね』って聞いてくださります。
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「陶器のザラザラがすり潰すのにちょうどいい塩梅」というスパイスミル「陶臼」。スパイスの香りが引き立ち、料理やチャイにおすすめ
森さんは、常に備前焼の未来のことを考えていらして、若手作家の旗振り役として、行動を起こされています。でもだからといって『俺が引っ張る』みたいな雰囲気ではなく、いい感じに力の抜けた方というか。気づいたら周りに人が集まっている、そんな素敵な方ですね」
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木工ヤマニさんの「ミル制作ででる端材を、再利用できたら」という希望を形にした蓋もの。入れ物部分は塚崎愛さんが制作しています
増富さん夫妻は、作家さんを選ぶとき、どんなことを大切にされているのでしょうか。
「まずは物を見ていいなと思うのが前提ですが、そのうえで実際に使ってみることにしています。生活の中でその器に自然と手が伸びるか、気に入って使えるかが、最初の判断基準です。それから、つくり手といろいろお話をさせていただいてから決めますが、どんな方か、人としての魅力みたいなところに、重点を置くことが多いですね。
というのも、お客さんとお話しをしていても、器の説明というより、つくり手がどんな方で、どんな風に、どんな想いを込めて器をつくっているかを、伝えることの方が多いんです。“お客さんと作家さんの繋がりを深くするために私たちがいる”という思いもあって」
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名だたる料理家や料理店も愛用する、松本市の味噌・醤油蔵「大久保醸造店」の調味料も並びます
「作家さんは、どんな方ですか?」とお聞きすると、その人がどれほど魅力的か、その方とのエピソードなど、いつまでも話していられるとでもいうように、とめどなく語ってくれる増富さん夫妻。つくり手に心の奥底から惚れていて、信頼を築き合っている様子がうかがい知れました。そんなおふたりからしか聞けない、楽しい話を聞きに、どうぞお店に足を運んでみてください。
※紹介した商品は、お店に在庫がなくなっている場合もございますので、ご了承ください。
<撮影/増富康亮 取材・文/諸根文奈>
紡ぎ舎
050-3718-2301
11:00~17:00(夏季)/11:00~16:00(冬季:12月1日~3月31日)
定休日: 火・水および月に何度か木曜日(夏季)/火・水・木(冬季) ※臨時休業はSNSにてお知らせしています
長野県北安曇郡小谷村中土5307-2
https://tsumugiya.jp/
https://www.instagram.com/tsumugiya_official