(『天然生活』2017年3月号掲載)
内海桂子さんの「漫才と言葉と、人生と」

歳を重ねる楽しみって何ですか?
「歳を重ねてよかったこと?
さすがに、だれも私に、ああしろ、こうしろっていわなくなったわねえ。……自由!」
御歳94歳(2017年取材時)。現役漫才師としては、まがうかたなき最年長。
若手芸人たち(内海さんからみれば、60も70も若手)からは「師匠、師匠」と慕われ、東京の浅草・東洋館で舞台に立ちます。
もちろん、このページでも、尊敬と親しみを込めて、「師匠」と呼ばせていただきましょう。

毎朝、起きたらまず姿見の前に座り、髪を整えて化粧を施す。だらしのない姿で一日を過ごすことはない
気っ風のいい江戸っ子のしゃべりで、人々を魅了
取材当時、話題になっていたのは師匠のツイッター(現X)。ある日は政治のあり方を率直に斬り、ときには下町のイタリアンレストランでピザをつまみながら、ボージョレヌーボー解禁に喜ぶ。
驚くのは、その視点。身のまわりで起こったことをつぶやいているのかと思いきや、そのほとんどは、世の中を俯瞰し、外に向いています。
この社会で起こったことを眺め、感じたことを書く。そうかと思えば、「ペルーのマチュピチュに行ってみたい。その都市が突然、消えた謎を肌で感じて、着物姿で三味線を弾けば、謎めいた都々逸が生まれそうだ」と、壮大な夢を語ります。
「思ったことを、ただ適当に流しているだけよ。もう、いったことは端から忘れちゃう。ただ興味のあることをパッとしゃべってそれでおしまい。明日はまた、別のことを考えているからね」
不意にでる言葉にこそ、生き方が映し出される
漫才は、言葉の芸。まさに、その言葉を使うツイッター(現X)で師匠が絶妙な面白さを発揮するのは、考えてみれば当然のこと。
しかし、ただ挑発的で目新しい言葉を放り投げるだけでは、そこに笑いも共感も生まれません。物事を丸ごと受け止め、それを内側で咀嚼し、どんな言葉に変換して発するか。その〝変換〞作業こそが、芸なのです。それを師匠は、こう表現します。〝言葉の絵に描く〞
「見たものじゃないと、言葉の絵は描けないもんです。ぼんやり見てちゃ、もちろんダメですよ。見て、ちゃんと隅々まで納得してわかっていないと、お客の前で絵は描けない」
しかも、頭で考えているうちはダメで、考える間もなく、不意に口をつく言葉が芸になっていなければいけない。それを裏打ちするのは、その人がどう生きてきたか、どう歳を重ねてきたか、にほかならないのです。

芸人さんの家らしく、千客万来の招き猫。家に飾られているもののほとんどは、ファンからの贈り物
16の歳で芸事の道へ
「私は、普通の人が普通にやってきたことを、何ひとつ経験できていないのね。朝、子どもを起こしてごはん食べさせて送り出して、亭主の帰りを待つ、なんてことをね。
その代わり、普通の人ができない経験は、たくさんしてきたわね。
学校だって、小学校の途中で終わっているし。数え年の10で、蕎麦屋に奉公に出たからね。三味線が弾けるからって、芸事の世界に連れていかれたのは16のときですよ。
でも、芸人をやっていると、上つ方(上流)の人たちと、交流しなくちゃいけないことも出てくるでしょ。その人たちにも通じるような面白さを求められる。だから、すごく本も読んだし、いろいろなことを知ってやろうと思った。それがまあ、努力というもんかもしれません。面白いもんでね、人間には格がある。くだらない芸で笑うのは、やっぱりくだらない。大事なのは、〝格〞ですよ」
若いうちに経験しておきたいこと
ありのままでいい、などといわれる昨今ですが、師匠の考えは、少々違う様子。みずからが名誉会長を務める漫才協会の若手芸人には、国から与えられる賞を獲れ、と発破をかけます。「一過性のテレビ番組の賞なんていらない。伝統ある賞を獲りにいけ」と。
「若いうちに背伸びしなくてどうするんだ、ってことですよ。だから、うちの協会の若い子には、いつ、どんな舞台に上げられても恥ずかしくない格好をしていろ、といいきかせているの。言葉遣いだって同じこと。乱暴な、汚い言葉が面白い、それが漫才だと思っている人もいるけれど、ずいぶんな勘違いですよ。言葉は、きれいなほうがいいに決まっている。人間の格を落とさずに笑わせるのが漫才なんだから。若いうちから、〝自分のやり方〞なんて、都合よく言い訳しちゃいけないよ」

インタビュー中に、都々逸を披露。切れていた弦を難なく張り直す。「目は悪くなっても、不思議と、こんなことは、ちゃんとできるのよねえ」
* * *
<撮影/大段まちこ 取材・文/福山雅美>
内海桂子(うつみ・けいこ)
1922~2020年。大正11年、両親の駆け落ち先である千葉・銚子で生まれ、東京・浅草で育つ。16歳で漫才の初舞台を踏み、漫才師として初の芸術選奨文部大臣賞など多くの賞を獲得。97歳で逝去。
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです

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