『小鳥とリムジン』あらすじ
家族に恵まれず、生きる術も住む場所もなかった女性・小鳥。過去の経験から他人と接することに抵抗がある彼女は、誰とも接せず、18歳の時から父親と名乗る「コジマさん」を介護して暮らしていた。しかしコジマさんが亡くなった日の帰り、小鳥はずっと店前の香りに心惹かれていたお弁当屋さんのドアを開けてみる。そこで小鳥が出逢ったのは……。(ポプラ社HPより)

絶望のなかにいるときほど、目の前の日常を手放さない
−−−−この物語の主人公、小鳥のように、辛い境遇や出来事に遭遇して「私の人生はダメだ」と諦めてしまいそうになる人もいると思います。そうした絶望に押しつぶされないようにするために、できることは何だと思いますか?
忘れずにいたいのは、くさらず、自分を見失わないでいることだと思います。辛いことがあると、どうしても「もういいや」とすべてを投げ出したくなりますし、パニックに陥ってしまいがち。ですが、そこでなんとか踏ん張って、最低限の自分をキープしておくことが重要になってくると思うんです。
そのためには、ごはんを食べる、きちんと眠るといった目の前の基本的な日常を放棄しないこと。うまく眠れないかもしれないけれど、努力をするだけでも意味があるのではと思います。できるだけ普段通りの生活を心がけることで、どこか自分のなかに冷静さを保つことが大事なのだと思います。

もうひとつは、焦って大逆転を狙おうとしないこと。時間しか解決できないことは、すごくあると思います。時間が経つにつれて、周りの環境が変化するだけでなく、自分の心の持ちようや世界の見方も変わってくることもあるかもしれません。「時薬(ときぐすり)」という言葉があるように、時間に身を委ねることも必要なのだと思っています。
−−−−小川さん自身、5年ほど前にどん底の状況にいたなかで現在の拠点である森に出会い、移住に向けて動き出したとエッセイに書かれています。そのときも、次のタイミングが来るのをじっと待ちながら、冷静さを失わないようにしていたのでしょうか。
本当にそうですね。日々のことをこなしながらある程度冷静になって、周りの環境も見えるようになってきた。いざというときに大きな決断をするためにも、自分をできるだけいい状態にしておくことは大事だなとあらためて実感しました。
急に新しいことに取り組もうとしても、空回りしてしまいがち。自分を整えながらじっと待っていれば、時間とともに風向きが変わるときがきっとやって来るはずです。追い風が吹いたときに、それを察知できるよう、自分の五感や直感力を磨いておくことも大切で、そのためには無理をせず、すこやかに過ごすことが鍵になるのではないでしょうか。

一人ひとりが声を上げやすい世の中になるように
−−−−本作は依存症や性被害、子どもの自殺など、現代のさまざまな問題や課題をはらんでいて、多くの人に読んで考えてほしいという思いを感じました。たくさんの要素を盛り込んだ意図はどこにありましたか?
虐待にしても、性被害にしても、どの問題も決して遠い場所で起きていることではないんですよね。たとえば性被害にあっても誰にも言えず、自分だけの傷として抱えて生きていくケースも多いのではないかと思います。
読者の方からお手紙をいただくことがあるんですが、辛い体験を書いてくださる方もいて、自分が気づいていないだけで、すごく身近な問題なのではと、最近強く感じています。
私たち一人ひとりがもっと知識を持ったり、こうした問題に関心を向けたりすれば、もう少し生きやすい世の中になるのではないか。「自分には関係ないこと」と片づけず、身近な問題として目を向けたいなという思いで書きました。
最近は、多数派の人や大きな声を上げた人の意見だけが通ってしまって、小さな声でしか自己主張できない人や、自己主張すらできずに怯えている人の意見は「自己責任」の言葉のもとにないものにされてしまいがち。一人ひとりが声を上げやすい世の中、自分らしく生きていける世の中の方が絶対に快適だと思うし、そうあってほしいと思っています。

−−−−今回の作品は「性」についても踏み込んで、性のいい面も悪い面もしっかり書かれているのが印象的でした。
性について大人がきちんと子どもたちに教えないと、もし被害にあったとしてもそれが被害だとすら分からないのではないでしょうか。大人が「いけないこと」として隠したり、モジモジしたりするのではなく、必要なことをきちんと伝えていくべきで、そうしない今の状況が性犯罪を助長している面もある気がします。
最近、私の作品を小中学生のときに読んでくださったという方が、大人になってサイン会に来てくださるんです。みなさん、光そのものみたいに本当にキラキラしている。その姿を見ると、若い人たちが絶対に被害にあってはならないと強く思います。
−−−−小鳥は、30歳でお弁当屋さんの店主、理夢人に出会うまでは、コジマさんなどの限られた人しか接せず、自分の殻に閉じこもっていました。若い世代も含め、人と関係を築くことの難しさを感じている人も多いと思います。小川さんは森で暮らすようになって「ひとり」の良さも寂しさも感じていると思いますが、人と関わるうえで意識していることはありますか?
いまはひとりのよさを満喫しています。植物や動物、音楽や本も友達だと思っているので、そういう存在とも繋がっていると思えますし。自分で自分の機嫌をとれることがすごく大事であって、一人遊びができる人同士がお互いに助け合うという関係が理想ですね。孤独を埋めるために人とつきあうと、お互いに辛くなるのではないでしょうか。
人づきあいで大事にしているのは、とにかく無理をしないこと。大人になることの一番の喜びって、好きな人とだけつきあえることのようにも思うんです。もちろん仕事上の関係など、人によっていろいろな制約があるとは思いますが、なるべくシンプルに、「その人といて楽しいかどうか」で判断すればいいのではないかと思っています。
もうひとつは、誰にでも好かれようとしないこと。みんなを好きになれるわけでもないし、みんなに好かれるわけでもない。そう思うと気持ちも楽になるような気がします。そのうえで、一人でもいいから心から信頼できる人、味方だと思える人に出会えたら幸せですよね。

取材・文/嶌 陽子 撮影/ミズカイケイコ
小川 糸(おがわ・いと)
1973年生まれ。2008年のデビュー作『食堂かたつむり』がベストセラーに。以来、『ツバキ文具店』『ライオンのおやつ』など30冊以上の本が世界各国で出版されている。『別冊天然生活 小川糸さんの春夏秋冬を味わうシンプルな暮らし』は5刷に。最新作は『小鳥とリムジン』(ポプラ社)。

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