• 保護犬普及率が最も高い街のひとつ、米オレゴン州ポートランド。その取り組みや人々の意識をひも解きながら、日本に暮らす、私たちができることを学びます。今回は、ポートランド近郊に住んで約30年、100匹以上の保護犬の預かりボランティアをしてきたマーシュ由喜さんに、ポートランドの保護犬事情について話を伺いました。
    (『天然生活』2020年10月号掲載)

    保護団体とペットショップが連携して20年以上。当たり前になった“アダプション”という選択肢

    “全米一住みたい街”を枕詞に据えたら“ポートランド”と答える人がここ数年で増えました。しかし、その条件のひとつに“ドッグフレンドリータウン”がある点はあまり知られていません。

    人口に対するドッグパークの数が多く、ペット同伴で入れる飲食店が珍しくないうえ、スーパーには犬用の待機エリアや水が用意されている。

    しかし、それらは結果論にすぎません。街を歩けば犬に出くわし、その大半が保護犬、というこの街で、人間と犬にとって住みよいことが、保護犬の普及とどう関係しているのでしょう。

    ポートランド近郊に住んで約30年、これまで100匹以上の犬のフォスター(預かりボランティア)をし、新しい飼い主との出会いを導いてきたマーシュ由喜さんに、その理由と背景を伺いました。

    画像: 自然豊かなオレゴンでは珍しくない、住宅街に隣接する森が定番散歩コース。飼い主のマーシュ由喜さんと3匹の愛犬は朝晩のお出かけが日課

    自然豊かなオレゴンでは珍しくない、住宅街に隣接する森が定番散歩コース。飼い主のマーシュ由喜さんと3匹の愛犬は朝晩のお出かけが日課

    待ち合わせは、住宅街にひっそりと現れる、大きな森の小さな入り口。さっそく散歩を始めると、木漏れ日を追いかけるように、3匹の犬たちは倒木に登ったり、草花に戯れたり。その様子に由喜さんは微笑みます。

    「犬との散歩って距離じゃないと思うの。大事なのは、いかに彼らが興味をそそられる体験をともにしてあげられるか」

    由喜さんの言葉はいつも、人間本意の解釈を犬目線におろしては、意表を突いてくるのです。

    ペットショップが保護犬普及をサポートする

    ポートランドを含むオレゴン州内には約150の動物保護団体があり、ペットショップでは保護団体の紹介や“アダプション(譲渡)会”のサインが目に入ります。しかし、肝心の犬は見当たりません。

    ペットショップでの生体販売は20年以上前からすでに見かけませんでした。とくに法律で規制したわけではなく、“人々の意識”によって変わったのだと思います。代わりにペットショップが保護団体と連携して、週末、店内で譲渡会を催すところも出てきたのです」

    この方法はペットショップ、保護団体、飼い主、三者三様のメリットがある、と由喜さん。

    画像: 由喜さんと歩調を合わせる犬たち。「無理に抑え込むより、できたら褒める、の繰り返し。犬との距離が縮まり、自分の自信にもつながるの」

    由喜さんと歩調を合わせる犬たち。「無理に抑え込むより、できたら褒める、の繰り返し。犬との距離が縮まり、自分の自信にもつながるの」

    「ペットショップは保護犬を支持するという大義名分ができ、生体販売のシステムから容易に抜けられました。(店によっては)譲渡が成立した人にペットフードや飼育に必要な資材の割引券、併設のトレーニングやグルーミングなどの優待券を差し上げることで常連客もつかみやすくなるんです」

    もはやペットショップは保護団体の擁護代弁人。必要なモノを売るだけではなく、ペットと飼い主のための“サービスを提供する場”へとシフトしていたのです。また保護団体にとって、ペットショップの譲渡会の場所提供や宣伝は保護犬普及への大きな戦力。保護団体で10年近くボランティアを担った由喜さんは振り返ります。

    「おかげで譲渡会が始まる前には長蛇の列ができる日もあるほど。保護団体は事前に予防接種や治療を行い、避妊と去勢、迷い犬防止のマイクロチップの装着を行うのが一般的。それには少なくない費用が必要です。だからこそ、譲渡費(約150~350ドル)だけでは運営が困難な保護団体にとって、譲渡成立に応じてペットショップから出る援助費や賞味期限間近のペットフードの寄付の存在は大きい」

    また犬を探している人にとっては、いちいち各保護団体に足を運ばなくても何十匹もの犬と面会でき、さらには保護団体のスタッフ、フォスター主から犬の性格や生活リズムなどを事前に聞くこともできる。

    譲渡後も、しつけや食事について相談ができます。由喜さん自身も疑問や不安があれば、絶対に遠慮せずに連絡をして、と念押しするのだそう。

    「“生涯飼育”が大前提だからこそ、そのためのサポートはいくらでもするわ。でも万が一、飼えなくなったら自分で信頼できる新しい飼い主を探すか保護団体に戻すよう、譲渡の際に誓約してもらうの」

    人間の子どもと同じ。由喜さんの語気が強まります。引っ越すから、言うことをきかないから、と人間の子どもは放棄しないのに犬にはまかり通る。それは生命に優劣をつける人間の傲慢さゆえ。

    犬との面会には家族全員で参加が必須

    譲渡会には血縁にかかわらずその家に住む居住者全員が来ること。すでに犬を飼っているならば、その犬も同伴する。それが参加の基本条件です。

    そして日中滞在時間、庭や階段の有無や家の構造、持ち家か否か、引っ越しの可能性など、質問は多岐にわたります。

    「なかでも大事なのが犬にかける予算を必ず聞くこと。病気になった際の医療費や旅行に行くのに犬のホテル代だって相当なもの。そして犬と一緒に何をしたいか。保護犬の成犬は、ある程度、性格やしつけができているので保護団体と話しながらライフスタイルに合った犬に出会いやすいんです」

    ケージ越しに犬種で選ぶのではなく、犬の特性と人間の暮らし、将来性を多角的に見て判断する。

    「だからこそひと目惚れしたらクレジットカード1枚で即買える日本のシステムは廃止すべきだと思います。私たちは動物の代弁者。念を押して生命を預かる重大さを伝え、その意思を確認しています」



    <撮影/SHINO 構成・文/瀬高早紀子>

    画像: 犬との面会には家族全員で参加が必須

    マーシュ由喜(まーしゅ・ゆき)
    米オレゴン州ポートランド近郊に90年代前半より在住。犬と人間の質の高い共生について対話するウェブサイト「リビングウィズドッグズ」(現在休止中)に自身の経験に基づくフォスター、保護犬エッセイを寄稿するほか、米国から日本の動物啓蒙活動にも積極的に携わる。

    ※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



    This article is a sponsored article by
    ''.