• 保護犬普及率が最も高い街のひとつ、米オレゴン州ポートランド。その取り組みや人々の意識をひも解きながら、日本に暮らす、私たちができることを学びます。今回は、ポートランド近郊に住んで約30年、100匹以上の保護犬の預かりボランティアをしてきたマーシュ由喜さんに、ポートランドの人と犬の幸せな関係づくりについて伺いました
    (『天然生活』2020年10月号掲載)

    保護犬のイメージ底上げにつながるトレーニング

    マーシュ由喜さんは、ポートランド近郊に住んで約30年、これまで100匹以上の犬のフォスター(預かりボランティア)をし、新しい飼い主との出会いを導いてきました。

    由喜さんと暮らす3匹の保護犬。ノア(14歳)、デイジー(13歳)はオレゴンのボーダーコリー系保護団体からやって来ました。

    画像: 臆病者だけど人が大好き、というノア(14歳・左)。「いまでこそ耳が不自由ですが、若い頃はわたしに最も従順な子でした」。長年ともに暮らすデイジー(13歳・右)とは阿吽の呼吸。休憩中、いつの間にか寄り添っていました

    臆病者だけど人が大好き、というノア(14歳・左)。「いまでこそ耳が不自由ですが、若い頃はわたしに最も従順な子でした」。長年ともに暮らすデイジー(13歳・右)とは阿吽の呼吸。休憩中、いつの間にか寄り添っていました

    「なぜボーダーコリー(系雑種)に特化した団体が存在するかといえば、飼えなくなる割合が高いから。最も賢いといわれている犬種なのになぜかわかる? それは飼い主が彼らの賢さを理解せずに、肉体的、頭脳的に十分な運動や訓練をしないから、犬がみずから“仕事”をつくり出すの。犬にとっては仕事でも人間にとっては“イタズラ”。そして手に負えず放棄してしまう」

    画像: 「とにかく食いしん坊でママ大好き」というデイジーは由喜さんと一緒にダンスクラスも受講して楽しんだことがあるほど

    「とにかく食いしん坊でママ大好き」というデイジーは由喜さんと一緒にダンスクラスも受講して楽しんだことがあるほど

    保護団体が譲渡したら、まずトレーニングの受講を促すのも、このように資質や性格を見極めてもらえず、理不尽な理由で捨てられる犬を少しでも減らすため。

    前述のとおり、ペットショップでは日々、トレーニングが催され、値段も頻度も気軽にアクセスできる設定になっています。

    画像: 「ボーダーコリー雑種の彼らは知的でセンシティブ。褒めて伸ばし、知的欲求を満たすトレーニングのおかげで問題があった例はありません」

    「ボーダーコリー雑種の彼らは知的でセンシティブ。褒めて伸ばし、知的欲求を満たすトレーニングのおかげで問題があった例はありません」

    「人間同様、犬も強みと弱みがある。彼らには従わない選択肢もある。でも褒めながら弱点を一緒に克服していくと飼い主と犬はいい関係が築ける。その例が増えれば、コミュニティ全体で保護犬への認識が底上げされるのです」

    他州・国とも連携するセカンドチャンス制度

    保護犬が浸透するポートランドでは、他州、さらには他国から行き場のない保護犬を受け入れる
    “セカンドチャンス”制度が充実しています。由喜さんが近年、フォスターをする犬はメキシコで個人保護活動をしている男性から。セシ(2歳)もそのうちの1匹でした。

    画像: フォスターとして預かったセシ(2歳)は由喜さん宅に着いてまもなく脱走。「人馴れしていない野犬。怖くて震えながらも戻ってきてくれた際、この子は私が育てよう、と決めました」

    フォスターとして預かったセシ(2歳)は由喜さん宅に着いてまもなく脱走。「人馴れしていない野犬。怖くて震えながらも戻ってきてくれた際、この子は私が育てよう、と決めました」

    「米国からメキシコに移住した彼は、過酷な炎天下で暮らす野犬の多さやその健康状態を見るに見かねて個人レスキューを始めたの。異常があれば病院に連れて行き、去勢や避妊、搬送まですべて自費でやってしまう」

    そんな慈善の塊のような彼に、シンパシーを感じただけではありません。その犬たちは世間一般には敬遠されがちな雑種の野犬ですが、由喜さんの目には、だからこそ守りたい“犬らしい犬”に映るのです。

    「人馴れしていなくて、警戒心と野生の感があって犬の本能のまま。それでもしつけをするうちに少しずつ、心を開いてくれるの」

    画像: アメリカンケネルクラブが催すグッドシチズンテストで合格したノアとデイジー。合格証明があると犬とホテルに泊まりやすい、賃貸が借りやすくなる、などの利点も

    アメリカンケネルクラブが催すグッドシチズンテストで合格したノアとデイジー。合格証明があると犬とホテルに泊まりやすい、賃貸が借りやすくなる、などの利点も

    その小さな瞬間の積み重ねで、信頼や安心の芽が顔を出す。そうなれば譲渡先を探すサイン。最初の30匹は引き渡すたびにさびしさで泣いていた由喜さんが、

    いつしか「この子だけを愛してくれる家族を見つける」意義に奮闘し、涙は喜びのそれへと変わります。

    「以前は犬の立場ばかり考えていたのね。でもいまは、高齢者にも、障がいがある人にもどんな条件の人にも、犬と暮らしたいと願うならばきっと合う犬がいると思える。人と犬、両者が幸せになってこそ譲渡が成功したと思えます。生涯飼育が前提ですが事前に難しそうな可能性があれば、後見人に承諾サインをしてもらって。適材適所でマッチアップさせるのが私の本当の役目になりました」

    3人の子育てにフルタイム勤務。常に複数の犬と猫を飼いながら、100匹以上の保護犬たちに新しい家族を見つけてきた由喜さん。お子さんが巣立ち、仕事の引退を視野に入れるようになっても「フォスターは一生続けるつもり」と軽やかな返答です。

    理想郷ともいえるポートランドの保護犬社会。ですが決して一朝一夕で成し得た成果ではありません。むしろ由喜さんや彼女を取り巻く人々や環境を見ていると、大きな政策に頼らずとも個人の意識と行動の下支えがあってこそ、社会の潮流、仕組みが更新されてきたことがわかります。

    “人々の意識が変わった”ことで生体販売が淘汰された史実が象徴するように。

    社会は私たち個々の内から変えられる。海を越えて、そんなふうに背中を押されているようです。



    <撮影/SHINO 構成・文/瀬高早紀子>

    画像: 他州・国とも連携するセカンドチャンス制度

    マーシュ由喜さん(まーしゅ・ゆき)
    米オレゴン州ポートランド近郊に90年代前半より在住。犬と人間の質の高い共生について対話するウェブサイト「リビングウィズドッグズ」(現在休止中)に自身の経験に基づくフォスター、保護犬エッセイを寄稿するほか、米国から日本の動物啓蒙活動にも積極的に携わる。

    ※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



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