• 古びても大事に使っているもの、直しながら使っているもの――誰もがきっと持っている“愛着のあるもの”。本記事では、ものを愛する21人の物語『愛しのボロ 直し、生かし、使いつなぐ21人の暮らしもの』(エクスナレッジ)より、金継師・黒田雪子さんの傷ついた器たちを再生する暮らしを紹介します。

    モダンでかっこいい甦りの魔法“金継ぎ”に魅せられて

    茶棚の戸を引くと、大鉢から猪口などが風情ある佇まいで収まっている。

    金継師・黒田雪子さんが慈しんでいる器たちをみせてもらった。

    画像1: モダンでかっこいい甦りの魔法“金継ぎ”に魅せられて

    なかでも特別と、棚奥からだした小皿が3枚。

    「初心の、あのワクワクする感じを忘れないための大事な皿です」と雪子さんは目を細める。

    これは懇意の陶芸家から窯傷が入った器は廃棄物になると聞き、じゃあ欠けた器を継いでみようと挑戦したもの。

    黒皿、白皿に施された、継ぎの線と色のデザインの妙たるや。

    画像2: モダンでかっこいい甦りの魔法“金継ぎ”に魅せられて

    それは欠けて足りない部分に、他素材で補修して形をつくる「呼び継ぎ」という古典的技法でのお直し。

    モダンでかっこいい甦りの魔法のように。

    伝統の修理に練りこまれた、いまらしいエッセンス。

    かつてグラフィックデザイナーだった雪子さんは、どのように金継世界へ魅せられたのだろう。

    梅干しづくりを機に「昔ながらの文化」に心惹かれて

    金継ぎは、漆という樹液を用いて修理をする日本ならではの「お直し」の手法。

    このところは習う人も増え、少しブームめいた様相だけど、雪子さんが生業にした18年ほど前は、まだまだめずらしかったそう。

    「わたしも、最初は気に入っていた器が壊れて、直しにだそうとお願いしたんです。そうしたら見積もりまでに半年待ってといわれて。その頃の自分は仕事にあくせくと追いたてられていたから余計に、流れる時間があまりに違うことに、そういう世界なんだな、と興味が湧いてきたんです」

    画像: 梅干しづくりを機に「昔ながらの文化」に心惹かれて

    強く心惹かれたのは、「ちょうど昔ながらの日本文化ハマり中」で、その渦中での出会いだったことが作用している。

    ことのはじまりは、「梅干し」である。

    あるとき庭持ちの大家さんから、お裾わけに梅の実をもらった雪子さん。

    図書館で借りた本をみながら、生まれてはじめての梅干しづくりに挑んだそう。

    梅を塩で漬けて寝かせ、天日に干す。ごくシンプルな季節の保存食づくりが、やってみると知識でなく体感でもってワクワクする発見があり、雪子さんのセンス・オブ・ワンダーの回路がどっと開いた。

    「知らずに梅をアルミの鍋で漬けてしまってたんです。そうしたら鍋がボコボコになって、梅の酸のせいなんだけど、その威力のすごさったら!」

    急がず、焦らず、傷ついた器の再生に手をつくす

    それから、土用の丑の日の前後に梅を干すのは、その頃の陽ざしが一番強いから、とか。

    暮らしは太陽の動きとともにあることに、目から鱗がボロボロ落ちていく。

    若い頃のデザイナー稼業で西洋美に傾倒してきたぶん、外国人感覚のカルチャーショック。

    気候風土に根づいた、昔の人たちの知恵と工夫に魅せられたのだと。

    画像1: 急がず、焦らず、傷ついた器の再生に手をつくす

    金継ぎも、しかり。

    木の樹液である漆が、塗料になり接着剤となることも知っていても、実際にやってみたら本当にくっつくんだと驚き、もっと知りたいと好奇心があふれてきた。

    現代の金継ぎにはいろんな手法があるけれど、雪子さんは、昔ながらのやり方で、季節の温度や湿度にしたがってきたそう。

    「たとえば塗りを乾かす工程には、“待つ”時間があって、自分が漆を塗ったあとに、漆が働いてくれているようで、なにか共同作業のようだと。そう感じることが、とても美しいなと思うんです」

    急がない、焦らない。自然の流れの一部になって、傷ついた器たちの再生に手をつくし心をこめる。

    「それに作業をしていると、静寂が訪れる、その時間がとても好きなんです。器を直す人であり、自分を直しているような。整う時間でもある気がするんですよ」

    直すことで、治される。アトリエの作業着が、白衣である理由にたどりついた気がする。

    画像2: 急がず、焦らず、傷ついた器の再生に手をつくす

    〈写真/大沼ショージ 編集・文/おおいしれいこ〉

    ※本記事は『愛しのボロ 直し、生かし、使いつなぐ21人の暮らしもの』(エクスナレッジ)からの抜粋です。

    『愛しのボロ 直し、生かし、使いつなぐ21人の暮らしもの』(おおいしれいこ・著/エクスナレッジ・刊)

    画像: 金継師・黒田雪子さんの「金継ぎ」でつなぐ愛しい暮らしもの。昔ながらの“よみがえりの魔法”で手をつくし、心をこめて器を再生

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    ◆自分らしい生き方や人生観のヒントがきっと見つかる、21人の暮らしの物語◆

    情報と物質にあふれるいま、時間をかけてつきあっている「もの」と暮らしの「こと」に、ゆったり向き合ってみませんか。

    ものを愛する21人が大切にしている「愛しのボロ」と、それにまつわる情景や暮らしの物語を写真と文章で紡いだ1冊。

    捨てない理由、使い続けるための工夫、補修やリメイクの手法など、持ち主それぞれのすてきな物語を紹介。

    きっとこれからの暮らし方、人生観のヒントが見つかるはずです。

    【CONTENTS】
    曽田耕さん(靴作家)/真喜志民子さん(染織作家)/こばやしゆふさん(アーティスト)/山城美佳さん(服飾デザイナー)/長谷川ちえさん(生活雑貨店主・随筆家)/トラネコボンボン・中西なちおさん(料理人・作画家)/高木陶子さん(革作家)/石井佳苗さん(インテリアスタイリスト)/橋本靖代さん(服飾デザイナー)/伊能正人さん(インテリアデザイナー)/垂見健吾さん(南方写真師)/下田昌克さん(画家・アーティスト)/イェンス・イェンセンさん(著述家・編集者)/黒田雪子さん(金継師)/根本きこさん(料理人・フードコーディネーター)/高田聖子さん(女優)/坂田敏子さん(テキスタイル・服デザイナー)/宗像みかさん(石窯天然酵母パン店主)/塩見聡史さん(薪窯パン職人)/関根麻子さん(ごはんをつくる人)/小澤義人さん(フォトグラファー)/おおいしれいこ(編集者)/大沼ショージ(写真家)


    黒田雪子(くろだ・ゆきこ)

    画像3: 急がず、焦らず、傷ついた器の再生に手をつくす

    グラフィックデザインの仕事を経て2007年より金継師として活動。現在は修理としての金継ぎにとどまらない作品制作を中心に、国内外からの依頼を引き受けている。



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