• 軽快な切り口のエッセイが人気のコラムニスト・中野翠さん。70代になったいまも、いつもおしゃれに連載の仕事にと、颯爽に生きる「らしさ」に迫ります。今回は、銀座で探した「ステッキと帽子」のエッセイを紹介。
    (『天然生活』2021年12月号掲載)

    ステッキと帽子

    ※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです

    トシヨリになって「ああ、よかった!」と思うことは多くはないけれど、全然、無いというわけでもない。

    「先がながくはないのだから……」という言いわけのもとに、さまざまなことが大目に見てもらえる。大ゲサに言えば「自由」になれる。

    銀座近くのマンションに住むようになって三十五、六年になる。毎日の食料品や雑貨は、すぐそばのスーパーで買うのだけれど、服だの雑貨だのは銀座で探す。

    画像: ステッキと帽子

    週に一度、妹が経理係として、やって来る。帳簿のチェックが終わると、いっしょに銀座に出て、ランチ。そのあとはデパート回り(銀座には古くから松屋・三越・松坂屋があって、デパートの街なのだ)。

    そんな中で、私がたびたび口にするのは、「今どきの若い男の子と、中高年のオバサンおよびオバアサンは、昔と較べると俄然、オシャレになったよね」という言葉。

    ユニクロだのMUJI(無印良品)だのが、だいぶ前に進出したせいに違いないと思う。安くてもスッキリしたデザインの物を上手にコーディネートしている。ヘタにデザインを凝らした物より、若々しくスマートに見える。

    今どきのオバサン、オバアサンは(たとえカネモチでも)ゴチャゴチャと飾り立てたりしないし、ムリして細いハイヒールを履くことも少ない(冠婚葬祭の時くらいか?)。

    私なんか、ずうずうしくスニーカー愛用派。オンラインの職場が増えてきたせいか、サラリーマンやOLらしき人びとの中にも、カジュアルな服+スニーカーといったスタイルの人が増えて来たようにも思う。

    すぐ近くに歌舞伎座や新橋演舞場があるせいか、キモノ姿の人もいて、「ああ、銀座だなあ」と思う。

    「紳士用」であっても、いつの日か

    大通りに老舗のステッキ専門店があるのも、銀座ならでは。母が八十代になって、脚が弱って来た時、妹とそのステッキ店に行って、「婦人用」という細めのステッキを買ったことがあった。

    店内を面白がって、いろいろのステッキを見て回った。とってに犬の頭の彫刻が飾られているガッシリしたステッキがあって、犬好きの私は「欲しい!」と思ったのだけれど……女にはゴツすぎるかな、と思って、母にはすすめなかったのだが……あれから私も歳をとった。「紳士用」であっても、いつの日か、あの犬の頭つきのステッキを所有したいなあ……と思っている。

    そうそう、銀座は「紳士用」の帽子も多彩。ハンチングやベレー帽など。私の父は帽子が好きだったようで、定年退職後、紺のベレー帽をウチの中でかぶっていた。

    ハリのなくなった髪をかくしたい気持ばかりでなく、若き日の「モボ」―モダン・ボーイ気分にひたりたかったのかもしれない。

    画像: 「紳士用」であっても、いつの日か


    〈イラスト/中島陽子〉

    中野 翠(なかの・みどり)
    コラムニスト。1946年生まれ。埼玉県浦和市(現・さいたま市)出身。早稲田大学政治経済学部卒業。出版社勤務などを経て、文筆業に。『あのころ、早稲田で』(文春文庫)、『いくつになっても』(文藝春秋)、『コラムニストになりたかった』(新潮社)、『いいかげん、馬鹿』(毎日新聞出版)など著書多数。

    ※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



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