「防災」に生かせる南極生活の知恵
日本から約14,000km離れた場所に位置する、氷に囲まれた世界「南極」。
時にはマイナス30度を超えることもある、日本では想像もつかないほど過酷な環境です。
南極観測隊の調理隊員として、約1年間の南極生活を体験した渡貫さん。
設備が整っている昭和基地内でも、災害時の「断水」に近い状況を乗り越えなければならない場面があったそう。
「南極では機械で雪や氷を溶かして生活用水をつくるのですが、この機械が凍って動かなくなったことがありました。また、蛇口をきちんと閉めておかないと貯水タンクの水が減り、再び水が溜まって使用許可が出るまではお風呂には入れず、トイレも流せないといった状況が続きます」

第57次南極観測隊の調理隊員・渡貫淳子さん
しかし、それ以上に災害時に近い状況と感じたのは、基地の外での生活。
サポート役として研究者などの野外調査に同行するときは、雪上車と呼ばれる車の中で、短くても1週間、長いと3週間もの間「車中泊」に近い状況で生活するのだとか。
「雪上車での生活は、もちろんお風呂もトイレもありません。使える水は1日2リットル。ペール缶の中に雪を入れて暖かい車中で溶けるのを待ち、水をつくりながら生活します。体は水で濡らしたボディタオルで拭き、トイレは簡易式のもので……という状況なので、災害時にとても近いですね」
こうした南極生活を経て、災害時の行動をシミュレーションし、防災グッズをイチから見直すようになったという渡貫さん。
世の中で発信されている防災グッズ以外に自分が必要だと思ったものを組み込んでいます。
南極生活であってよかったもの 01
お気に入りのお菓子

渡貫さんのお気に入りはチョコレート菓子
災害時、気持ちを落ち着けるために必ずあるほうがいいと渡貫さんが力説するのは「お気に入りのお菓子」。
南極では、調理の仕事以外に、生活の端々でも常に臨機応変な対応が求められ、精神的に追い込まれてしまうこともあったそう。
そんなとき、心のお守りとして持っていたのが大好きなチョコレートバー。
1本を1日にちょこちょことひとかじりするだけでも、メンタルがまったく違ったのだとか。
「イライラしたり、疲れたりしたときに食べたいものが食べられないのはとてもストレス。災害時に追いつめられないために、食べ慣れている好きなお菓子を持っておくのがおすすめです。避難所や車中泊で生活しなければならない場合にも、気持ちが落ち着くと思います。南極では、日本での生活のように気軽に買って食べられないので、隊員はそれぞれにお気に入りのものを持参していましたね」
〈防災グッズに入れるお菓子選びのポイント〉
ローリングストックすることを前提に、スーパーやコンビニで手に入るお菓子の中から、以下をポイントに選びましょう。
● 保管しやすいもの
すぐに食べるわけではないので、劣化しづらく保管できるものを。大のチョコレート好きの渡貫さん曰く「シュガーコーティングされているチョコは夏でも溶けにくいのでおすすめです」
● 油物でないもの
ポテトチップスやかりんとうは油が酸化するので、防災グッズに入れるのはあまり勧めないそう。「南極で前の隊員たちが残した油物のお菓子を食べようとしたら油焼けしていました」
南極生活であってよかったもの 02
ポリエチレン手袋

防災グッズの中に数枚入れておくと安心
お風呂なし、トイレなし、使える水もごくわずかの雪上車での生活で、衛生状態を保つために役立ったのが「ポリエチレン手袋」。
環境のことを考えるとプラスチック製品を使うのはなるべく避けたいものの、衛生面の使い分けを優先に使うことを決めたそう。
「雪上車生活で一番つらかったのは、意外なことに手が洗えないこと。氷だけの世界で生活しているのに、自分から出る汚れなのか、時間が経つと爪の間が黒くなってくるんです。料理人という職業柄、手を洗うことは当たり前なので、とてもストレスでした。調理、食事、トイレで使う手は一緒なので、使い分けるためにはポリエチレン手袋に救われました」
南極生活であってよかったもの 03
鉛筆

お子さんの使いかけの鉛筆などでOK
避難所で生活するとなった場合に増えるのが、書くシチュエーション。
避難者カードや避難者名簿に記入する際、ボールペンや油性ペンよりも「鉛筆」が心強いと渡貫さんは話します。
「南極で痛感したのが、環境によってはボールペンや油性ペンは不向きだということ。水性ペンは水で濡れると何を書いたかわからないですし、南極で書けないことが何度あったことか! でも、鉛筆は何とかいけました。それ以来、防災グッズに2本、普段持ち歩いているペンケースに1本入れています。みなさんも、ご自宅にある使いかけの鉛筆を防災グッズにぽんっと」
〈撮影/林 紘輝 文/太田菜津美(編集部)〉
渡貫淳子(わたぬき・じゅんこ)

第57次南極地域観測隊の調理隊員。1973年青森県八戸市生まれ。調理の専門学校を卒業後、同校に就職。結婚後、出産を機に退職するも、その後も家事・育児をこなしながら調理の仕事を続ける。30代後半に南極地域観測隊の調理隊員への夢を抱き、3度目のチャレンジで合格。昭和基地史上2人目の女性調理隊員(民間人では初)。南極でよくつくっていた「悪魔のおにぎり」をモデルに、某コンビニチェーンが商品化したことでも注目される。現在は南極での経験を元に、フードロスや環境問題、防災、男女共同参画などをテーマにした講演活動を行う。近著に『私たちの暮らしに生かせる 南極レシピ』(家の光協会)がある。
◆どんな食材もおいしく食べきる!私たちの暮らしに生かせる南極レシピ◆
追加の食材調達は一切なし。ごみを一切捨てられない。
そうした南極ならではのルールのなかで生活するうち、ごみを出さずにおいしく食べきる工夫が身についたという渡貫さん。
フードロスなどが話題になることが多い現代で取り入れたい、毎日のごはんづくりに役立つ南極レシピを紹介します。
【目次】
● 第一章 毎日のごはん作りに役立つ南極レシピ
● 第二章 本当においしい冷凍野菜のレシピ
● 第三章 缶詰と乾物のアイディアレシピ
● 第四章 捨てられがちな食材の活用レシピ
● コラム
・生野菜のおいしい冷凍法
・残りがちな調味料の活用法
・おからをもっと食べよう
・毎日のメニュー、どう考えていますか?
・南極ごはんQ&A など