(『天然生活』2024年3月号掲載)
自然に敬意を込めたリトアニアの暮らし
それは、冬の入り口の数日間。
リトアニアへの旅を、長田佳子さんは「ふいにやってきたギフトのようでした」と振り返ります。
日本から飛行機を乗り継ぎ、約12時間。
降り立ったその場所は肌になじみ、懐かしさを覚えるほど。
「歩道も車道もすべてが石畳のままの旧市街も、首都から2時間ほど離れたアニクシャイの街も、自然の気配がいつもどこかにある環境が、心地よくて。暮らす人々の心の中にも、自然への敬意が深く根付いていることを感じました」

アートの街ウジュピス地区を流れる川

マナーハウスの放牧地の馬
なかでも印象に残ったのが、ハーバリストのラムナスさんのティーショップで目にした「ツリー・オブ・ライフ」のシンボルだったそう。
「木は現在、花は未来、根は過去やルーツを、飛ぶ鳥は『どんな夢を見るか』を表しているそうです。神話学の代表的なシンボルですが、リトアニアの人々の精神性そのものが描かれているようでした」

ハーバリスト・ラムナスさんのハーブガーデンで。「ラムナスさんは子どものころ病気がちで、おばあさんやお母さんがハーブを使ったケアで調子を整えてくれていたそう。リトアニアでは『自然享受権』が認められているため、現在調合しているお茶もわざわざ育てるものは少なく、多くを森から集めていると話していました」

「ツリー・オブ・ライフ」が描かれた壺。「同様のシンボルを街の壁画やストローでつくった飾り(ソダス)でも目にしました」
素朴ながらも満たされる、リトアニアでの日々
素朴でありながら、深く静かに満たされる「リトアニア時間」を料理やお菓子に感じた長田さん。
「たとえばスープも、素材を生かしたほどよい塩味という印象。ヨーロッパの料理にイメージされる重さや強さがなく、食べ疲れしませんでした。街のあちこちで見かけたお菓子も、けっして華美ではなく、味わいも軽やかなものばかり。繰り返しつくりたくなるレシピにたくさん出合えました」

リトアニアで知らない人はいないほどポピュラーな、きのこの形のケーキ。「軸の部分についたケシの実も愛らしいんです」
昔から養蜂が盛んで、はちみつは料理にもお菓子にも用いられる甘味の代表格。
街中に「ごく自然に」実っているりんごも、さまざまに形を変えて食卓に並びます。
「そんなふうに、限られた足元の恵みを生かすため重ねてきた工夫が歴史となり、文化となって大切に受け継がれている姿が、美しくて。『身近なものにピントを合わせて生きることこそ豊かさだよ』と、リトアニアでの日々に教わったように思います」


だれもが気軽に手を伸ばすりんごの実りの光景にもゆっくりと心がほぐされていったと長田さん。「この美しさはけっして当たり前ではなく、この国の人々の選択であり、知恵の積み重ねによってもたされたもの。私自身の日々を省みるきっかけにもなりました」
〈料理・スタイリング/長田佳子 撮影/在本彌生 取材・文/玉木美企子 取材協力/リトアニア政府観光局、LOT ポーランド航空 器協力/LTshop〉
長田佳子(おさだ・かこ)
菓子研究家。パティスリーやレストランにて修業を重ねたのち、2015年foodremediesとして独立。ハーブやスパイスを巧みに用いた滋味あふれるお菓子レシピが好評。2021年より山梨県甲州市にて不定期オープンのラボ「SALT and CAKE」を主宰。近著『はじめての、やさしいお菓子』(扶桑社)が好評発売中。 https://foodremedies.jp
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです