(『天然生活』2020年9月号掲載)
当事者の立場になって考えるものさし
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです
週に一度開く「いつだれキッチン」を主宰する、中崎とし江さん。
とてつもない人間味と実行力の持ち主である中崎さん、いったい何者なのでしょうか。
「すべての原点は、ダウン症という重い障がいがある、7つ違いの弟がいたこと」だったといいます。
中崎さんは現在70歳、新潟の農家に生まれ、17歳のとき、父が出稼ぎ先で突然他界し、その死によって弟は施設に入所することになり、毎日一緒にいた弟がいなくなっていろいろ考え始めます。
その後、東京に出て結婚し、夫の故郷、いわき市に移り住んで母と弟を呼び寄せ、弟は施設に。

亡くなったダウン症の弟が書いた文字をデザインした「おげんきでげすかTシャツ」
「施設の兄弟姉妹会に出ていろんなことを学び、自分が生きていく延長線上で弟のことを真剣に考えるようになったんです。それと同時に私の存在って何だろう。結婚して妻になり、娘を産んだらお母さんになって、でも社会のなかで自分は何だろう。その出口が弟の存在でした。障がいのある弟と関わっていこう。すると障がい者の世界はものすごく広くて、深くて、ものすごい驚きで」
弟のことを自分のこととしてとらえ、自分だったら、そうしたいだろうかというものさしができました。
「障がいってどこで線引きするの? いまもそれはすごくあって。だって、こちら側の都合ですよね。障がいがあろうとなかろうと、その違いを受けとめて生きることができる社会をめざしたい」
そう思って弟を施設から引き取り、一緒に暮らし始めますが、正直、大変な日々。
そこでグループホームに入れたこともありましたが、いろいろな事情からやがてみずからNPO法人を立ち上げ、障がい者を支援するための事業所や介護の事業所(現在閉鎖)をごく小さな規模で運営するようになっていきました。
そして、そこでやっていたことは、いつだれキッチンの原形になるもので、料理上手な人がごはんをつくってくれたり、食べにくる障がい者の人がいたり、おいしい野菜をつくる夫婦が野菜を持ってきてくれたり、いろんな人が出入りする場になっていたといいます。
「もったいない」から始まったシンプルな思い

お米30kgを抱えて「どうぞ」と届けてくれた。地元でつくられるおいしいお米に感謝
いつだれキッチンを立ち上げた強い理由がもうひとつ。
それは「もったいない」という思いです。
中崎さんが育った地域は豪雪地帯で半年間閉じ込められ、ひと冬つなぐための食糧確保の厳しさがありました。
ところが、温暖ないわき市では冬でも野菜がある。また、食べきれないほどの野菜をつくっては畑に鋤き込んでしまう様子を目にし「もったいないなあ。私にくれないかな」と思っていたところ、実はみんなも同じ思いだったことを知りました。
「もし、こういう場所があれば、捨てちゃったという気持ちにならずにすむじゃないですか。だれかの役に立つと思えば」
飄々と語る中崎さんに思わず「すごいですね」というと、「うちに大根が1本あるから、どう? くらいの気楽さがないと、こんなことできないですよ。小さな善意が少しずつ集まってくる場になっただけ」
寄付の多くは名前も顔もまるで知らなかった人から。

「いつだれの木」。食材、食器、冷蔵庫、さまざまなものをたくさんの人たちから援助していただいていることへの感謝の気持ちを込めて
取材中も地元のかまぼこ屋さんから箱いっぱいのかまぼこが運び込まれました。
以前、中崎さんが書いているNPOの会報を読み、その後いつだれキッチンの存在を知って、ここで利用してもらえるならと持参したのが始まりでした。以来、ときどきごはんを食べに来ることも。

「焼き色、見た目が悪くて出荷できないから」とかまぼこ屋さんから寄付された品

「外食が味けなく思えるころ、ここでつくったものが食べたくなるの。それと、私もいろいろ悩みがあって、それを中崎さんに話すと、気持ちがスッとして」

裏の竹やぶに生えてきた淡竹をせっせと収穫。すぐに、煮ものの材料として活用。「おいしいっていってもらえるのかって、毎回ドキドキしながらつくっています」
中崎さんは「困っていることを話されても、本人はその答えを絶対知っていますよ。話すことでその確認をしているんです。だから悩みを聞いたときには一緒になって怒ったりして。理詰めで話すより、その人の立場になって考えてみるだけなんですよ」
いつだれkitchen(キッチン)
福島県いわき市平上荒川字桜町1-1
営業日:毎週木曜日 12:00~14:00
@itsudare_kitchen
<撮影/落合由利子 取材・文/水野恵美子>
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです




