猫には猫の、なでられ方がある
猫をなでる。

人間の手が世界一好きな全(ぜん)
それは一見、とても簡単なことのように思えます。頭をなでる。背中をなでる。のどをなでる。ただ「かわいいねえ」「今日もえらいねえ」と伝えているだけのつもりです。
けれど、10匹も猫がいると、すぐにわかります。
猫には猫の、なでられ方があるのです。
猫をなでるというのは、こちらの愛情表現であると同時に、猫からの細かな注文を聞くことでもあります。
わが家のママ猫「ヨナ」は、とにかくがっしがっし派です。
背中や首の後ろを少し勢いよくなでていると、どんどんおしりが上がっていきます。最初は普通に立っていたはずなのに、気がつくと前足は低く、後ろ足は高く、まるで猫の山のような姿勢になっている。そして最後には、ころんと転がります。「はい、もう一面どうぞ」とでもいうように。

お尻を持ち上げて猫の山になるヨナ
保護したばかりのころのヨナは、人間が怖くて、近づくだけで逃げていました。こちらが少し動いただけで、さっと身をひるがえし、家具のすき間に隠れてしまう。触ることなんて、夢のまた夢でした。そのヨナがいまでは、なでられながらおしりを高く上げ、床に転がっている。その姿を見るたび、少し奇跡のような気持ちになります。
一方、ヨナの子どもの「ユキ」は、まだ少し臆病です。
近づくと、いったん迷います。なでてほしいような、でもちょっと怖いような顔をします。こちらはできるだけ小さな声で「大丈夫、大丈夫」といいながら、ゆっくり手を伸ばします。するとユキは、だんだん気持ちよさそうな顔になります。目を細める。体の力が抜ける。ああ、安心してくれている。そう思った瞬間です。
……かぷ。
私の手を甘噛みします。
怒っているわけではありません。痛くもありません。でも、必ずします。絶対にします。

つい甘噛みしちゃう、怖がりなユキ
「気持ちいいです」
「でも、ちょっと高ぶりました」
「この手、確認しておきます」
なでてほしい。でも、まだ全部を預けるのは少し怖い。だから手をかぷかぷして、確かめているのかもしれません。そう思うと、その小さな歯の感触まで、いじらしくなります。
そして、17歳の「ウン」。
ウンは、猫として少し不思議です。たいていの猫は、おなかを触られるのが苦手です。急所でもあるので、無理に触ると怒られることもあります。けれどウンは、おなかをぐるぐるなでられるのが大好きです。ごろんと横になり、おなかを差し出す。こちらが円を描くようになでると、目を細め、のどを鳴らし、まるで溶けていくような顔になります。

おなかを撫でられてパッカーン

気持ちよすぎて、目がうつろ
ただし、終わりません。5分、10分、30分。こちらの手首が疲れてきても、ウンはまだおなかを差し出しています。手がつりそうになります。肩も少しおかしくなります。でも、やめられません。あまりにも幸せそうだからです。
大事なのは、「猫ならこう」と決めつけないことなのだと思います。
猫をなでることは、ただ体に触れることではない。
それは、手のひらで猫の気持ちを聞くこと。
こちらが「かわいいね」といっているつもりで、猫のほうから「大丈夫」と返されているような気がするのです。
◇ ◇◇ ◇◇

咲セリ(さき・せり)
1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日』(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。
ブログ「ちいさなチカラ」





