• 生きづらさを抱えながら、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていた咲セリさん。不治の病を抱える1匹の猫と出会い、その人生が少しずつ、変化していきます。生きづらい世界のなかで、猫が教えてくれたこと。猫と人がともに支えあって生きる、ひとつの物語が始まります。今回は、入院後に甘えん坊になった猫のこころを通して、家族の不在と、安心を取り戻すまでの時間について考えます。

    わがままだと思っていたけれど、不安だったのかもしれない......

    去年のいまごろ、私は精神科の病院に緊急入院しました。

    期間にすれば、十日ほどでした。

    十日なんて、人間の感覚でいえば「あっという間」です。旅行なら、そろそろ洗濯物が限界を迎えるくらいの日数です。けれど、家に帰ってみると、大きな変化が起きていました。

    11歳の女の子「こころ」が、ものすごくわがままになっていたのです。

    画像: 私がいうことをきかないと「はぁ?」という顔のこころ

    私がいうことをきかないと「はぁ?」という顔のこころ

    まず、トイレをシンクでするようになりました。

    なぜ。そこにはちゃんと猫用トイレがあります。砂もあります。しかし、こころにはこころなりの事情があるらしく、台所のシンクを堂々と新しいお手洗いに任命してしまいました。

    さらに、ごはんです。

    カリカリだけでは食べません。ウェットだけでも気に入りません。「こころ用」に、ウェットとカリカリを、その都度ちょうどいい具合に混ぜなくてはなりません。

    しかも、おなかがすいたら自分で食べに行けばいいものを、大声で私を呼びます。

    「ニャー!」

    はいはい。混ぜますよ。

    「ニャー!」

    いま行きますって。

    11歳にもなる娘に、私は毎日、離乳食でもつくっているような気持ちになりました。

    最初のうちは、正直、少し腹も立ちました。

    画像: 特製ごはんじゃないと食べないこころ

    特製ごはんじゃないと食べないこころ

    なんでそんなにわがままなん? 前はちゃんとできてたやん。シンクは洗いたてのトイレちゃうで。

    そんなことを思いながら、一日に何度もごはんを混ぜていました。

    理由に気づいたのは、ずいぶんあとになってからでした。

    ――私の入院です。

    こころにとって私は、ある日突然、いなくなったのです。

    もちろん、その間夫はいました。

    画像: 退院してから鳴き通しでした

    退院してから鳴き通しでした

    夫は猫たちをとても大事にしてくれます。けれど、連日の面会に来て、ひとりで仕事をして、家事をして、10匹の猫たちの世話をしていました。夫だって、いつも通りではなかったはずです。

    そして猫には、「お母さんは病院にいて、十日くらいで帰ってくるからね」という説明が通じません。

    昨日までいた人がいません。今日もいません。明日もいません。

    こころにわかったのは、たぶんそれだけでした。

    だから帰ってきた私に、何度も確認したのかもしれません。

    ごはんをつくって。ここに来て。私を見て。どこにも行かないで。

    シンクでするのも......まあ、それについては、いまだに完全な解釈はできませんが。

    一年たったいま、こころはもう、ごはんのたびに私を呼びません。

    画像: 高いところから、私の動きを監視

    高いところから、私の動きを監視

    自分でお皿のところへ行って、普通に食べています。あれほど大声で鳴いていたのが、嘘みたいです。

    時間がかかりました。

    一年も。

    でもきっと、一年かけて、「この人は、ちゃんといる」ということを、もう一度覚えてくれたのだと思います。

    画像: ようやくリラックス

    ようやくリラックス

    家族のだれかが長く家を空けるとき、動物たちには事情がわかりません。

    「仕事だから」「入院だから」「ちゃんと帰ってくるから」

    人間同士なら伝えられることも、動物たちにはなかなか伝わりません。

    だからこそ、できることを少しだけ準備しておくと、安心につながるのかもしれませんね。

    ◇ ◇◇ ◇◇


    画像: 「もう大丈夫」になるまで、その子の時間を待つ

    咲セリ(さき・せり)
    1979年生まれ、大阪在住。作家、家族療法カウンセラー。夫と10匹の元保護猫と暮らす。心の病や生きづらさを抱えるなか、不治の病をもつ一匹の猫との出会いをきっかけに、「命は、生きているだけで愛おしい」ということを知る。以来、生きづらさのなかにある小さな希望を、ノンフィクションや小説、エッセイに綴りつつ、NHKの福祉番組への出演、全国での講演などでも活動。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日』(KADOKAWA)など。

    ◆note:https://note.com/sakiseri

    ◆ブログ「ちいさなチカラ」

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