(『天然生活』2014年7月号掲載)
おいしい醤油をつくるのは150年生きる杉の桶
この桶のおかげで、いまも醤油ができる
明治初期に建てられたというその醤油蔵は、この醸造所では3番目に古い蔵だということでした。窓からの薄日がぼんやりと照らすその先に、もろみの入った木桶が並んでいます。桶の高さは2m。どっしりとした佇まいは巨木そのもので、深い森のなかにいるような心持ちになります。
「杉でできているんです。ヒノキより香りが控えめで、殺菌作用がある。何代前のご先祖があつらえたのかわからないけど、この桶のおかげで、いまも醤油ができる」と、山本康夫さん。香川県小豆島で天然醸造の醤油を生産している「ヤマロク醤油」の五代目です。
小豆島には現在、20軒ほどの醤油醸造所があります。江戸幕府の直轄地だったころは製塩が盛んで、島のあちこちに塩田が広がっていました。やがて塩を使った二次加工品として醤油づくりが始まると、小豆島は醤油の名産地として知られるようになりました。明治時代には、島内に約400軒の醤油醸造所があったのだとか。
仕込み用の生醤油をつくるのに2年、さらに大豆を漬けて2年半
醤油づくりは、秋から冬にかけて、もろみを仕込むところから始まります。蒸した大豆と炒り小麦に麴を加え、塩水で仕込むのが基本のつくり方。
山本さんは「再仕込み」と呼ばれる製法をとっています。塩水の代わりに、生醤油(加熱処理していない醤油)に大豆を漬けるのです。仕込み用の生醤油をつくるのに2年、さらに大豆を漬けて2年半と、通常の倍以上の手間と時間がかかる醤油。その分、味に奥行きが生まれます。
「うちのおやじが昔、じいさんが趣味でつくった“再仕込み”をなめたんだそうです。そのときの味が忘れられず、おやじも同じ方法でつくるようになりました」
こうして仕込んだもろみは、気温の上昇とともに、木桶の中で発酵を始めます。春夏は発酵のピーク。蔵にいる100種ほどの微生物が入れ代わり立ち代わり、発酵を助けます。
微生物の活動を助けるのは、瀬戸内の空気と職人の仕事
「木桶には『桶ぐせ』があって、香りがよくなる桶、味わいが深くなる桶など、ひとつずつ仕上がりが違うんです。日のよく入る窓に近いとか、微生物がたくさん棲みつく梁の下にあるとか、そういったことも影響していると思います」
瀬戸内の海を渡ってくる暖かく乾いた空気は、発酵活動と好相性。この新鮮な空気をもろみの中に送り込んで微生物の活動を助けるのは、職人の仕事です。
発酵を促したいときは、日中の暖かさがほんのり残っている夕方に。発酵を抑えたければ、まだひんやりとしている早朝に。膨らんだもろみに櫂を入れると、気泡の上るくぐもった音が返ってきます。トプン。ポコ、ポコ。ドプン。ポコ、ポコ。
「一日サボると発酵が進んで、翌日の作業は3倍になります。ひと夏で3〜4㎏もやせるほどの重労働。でも、こうして手をかけるおかげで、うまい醤油になるんです」
<撮影/鈴木静華>
ヤマロク醤油
150年ほど前に、醤油を搾る前の「もろみ」専門店として創業。昭和24年から、醤油醸造まで手がけるようになった。香川県小豆郡小豆島町安田甲1607 ☎0879-82-0666
http://yama-roku.net/
※トップの写真について
杉桶のもろみを混ぜる。「この場所は宝物。目には見えないけれど、100種ぐらいの微生物が、土壁や梁や木桶を棲みかに、何百年も変わらず暮らしている」と山本康夫さん
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです