(『天然生活』2017年2月号掲載)
長野・東御市へのくるみの収穫応援ツアーは7年目を迎えました
日本一のくるみの産地である長野・東御市。10月初旬、秋晴れの澄んだ空気のなか、「サンファームとうみ」では、この時季の風物詩が繰り広げられていました。
バサッバサッ、ボトボトボト。長い竹竿を持った人たちがくるみの木を叩いて実を落とし、手で拾い集めて収穫しています。手慣れた農家さんと一緒に作業しているのは、少々おぼつかない女性たち。この日は、東京から収穫応援として8人が参加していました。
「叩くときは枝を傷つけないようにね。そう、うまいうまい」。農家の男性の指導を受けながら、和気あいあいと作業は続きます。
この収穫ツアーを企画しメンバーを率いるのは、影山知明さん。東京・西国分寺にあるカフェ「クルミドコーヒー」の店主です。影山さんたちが東御市にくるみの収穫応援に来るのは今回で7度目。クルミドコーヒーで提供する殻付きくるみを探していき着いたのが東御市でした。
「自分たちの店で出す商品の背景を知ることは大切ですし、産地の力になれたら、という思いもあって、仕入れと並行して収穫の応援をさせてほしいと申し出ました」と影山さん。
そして、そこで体験したのは、効率的とはいいがたい先の収穫方法。世界有数の産地であるカリフォルニアでは、大きな機械で木を揺すってくるみを落とし、それを一気に機械で吸い取るという、効率化された収穫方法を行っているそう。その差は当然、値段に反映され、国産のくるみはカリフォルニア産の3倍にも。
「このやり方では海外産に太刀打ちできない」。影山さんは、そう思う一方、農家の方々と一緒に過ごす時間やみんなの笑顔、収穫を祝いあう雰囲気に、なんともいえない豊かさを感じていました。
「こうした昔ながらのありようや文化は、産業の効率化や国際競争力を追求したとき、簡単に失われてしまいがちです。でも、本来、経済は人が幸せに生きるためにあるもの。風情や文化を守りながら経済を発展させる両立の方法を、そこから考えはじめたのです」
お金に換算されない価値をどう大事にするか
「値段」だけに重きを置かない経済―。不可能にも思えるそのあり方を模索し、影山さんが導き出したのが、「顔が見える関係」と、「ギブから始める」というキーワードでした。
一般的な市場は不特定多数の消費者を想定しているため、多くの人に認められる金銭的価値へ収斂される傾向があります。
でも、これが、顔が見える関係のなかであれば、そこにもっと複雑な価値、たとえば、くるみの生産者の努力や暮らしへ思いを寄せることが可能になるというのです。
顔が見える関係といっても、内輪だけの特定少数では経済は成り立ちません。“特定多数”の人に、値段だけでない価値を知ってもらうには、コミュニケーションが必須に。
その点、だれでも気軽に立ち寄れて時間を過ごせるカフェは、心のこもったやりとりを通して、さまざまな価値を伝えることができる場所だと、影山さんは考えます。
ここでポイントになるのが、相手を思い、“ギブ(与えること)”を動機にすることです。
「経済も含めて社会というものは、モノ、言葉、気持ち、お金……“いろいろな交換の集合体”。でも、世の中で行われている無数の交換や取り引きは、自分の利益を目的としている場合がとても多い。ギブ&テイクでいえば、テイクしあう社会です。もちろん、おのおのが利益を追求することで生産性や利便性が高まっていく側面はありますが、すべてがそこに集約されなくてもいい。少なくとも、クルミドコーヒーでは、ギブする、贈ることを実践したい。それが、お金にとらわれない経済のあり方のヒントになると思いました」
<撮影/鈴木静華 取材・文/熊坂麻美>
クルミドコーヒー
2008年、影山さんが生家の土地に建設したシェアハウス「マージュ西国分寺」の1階に、地域とつながる共有部としてオープン。
東京都国分寺市泉町3-37-34
☎042-401-0321 10:30~22:00 ㊡水曜
※トップの写真について
収穫したばかりの生くるみ。ほのかに甘くてミルクのよう
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです