(『天然生活』2017年12月号掲載)
もちろん、知人にクリスチャンなど一人もいないのだが、クリスマスは、イエスの生誕祭という宗教的伝説とは関係なく、北半球全般で行われる十二月の冬至のお祭りと考えれば、抵抗感なく楽しめるというものである。
常緑樹の緑と雪の白と、太陽や血や冬の木の実の赤の三色のクリスマス・カラーは、いかにも気持を浮々させる生命の色彩だし、一年のうちで日の出から日の入りまでの時間が最も短いこの季節には、家の中でやる手仕事がむいていることに古来なっているのだが、もう何年も前から、暮れの行事(大掃除を含めて)や年賀状を書いたり、お正月の準備をしたり、ということは面倒くさいし、必要がないので一切やらずにいる。
姉は十二月生れ、私は十一月生れなのだが、五十歳を過ぎた頃から、自然に誕生日のお祝いというのもしなくなり、なにしろ残されている時間がもうそんなに無いのだから、どうしても仕事を中心に時間を使いたくなって、ディッケンズの『クリスマス・キャロル』のスクルージ老人のような偏屈さで、仕事が中心で、陰気に、フン、クリスマスなんて時間の無駄使いどころか、反ムスリム、反ユダヤ主義のお祭りだろうと、ブツブツ言っているのだが、十二月に入って、クリスマス・カラーの飾りつけでデザインされた品々やケーキを街や雑誌の写真で眼にすると、なんとなく楽しい気分になってくるというか、クリスマスが登場する小説を、なんとなく読みかえしたりすることになる。
今年は久しぶりにトルーマン・カポーティーの短篇『クリスマスの思い出』(私が読んだのは瀧口直太郎訳だが、当然、村上春樹訳もある)を読んだのだが、秀れた短篇に与えられるO・ヘンリー賞を二度ももらったことのあるカポーティーだけのことはあって、達者でツボを心得た心あたたまる笑いと涙にあふれた短篇で、一九五〇年代までアメリカ人がクリスマスに絶対的に欠かせないと信じていた全てのものが、箱詰めされたきれいなギフトのように詰っている。
この短篇で、クリスマスの近い晩秋の晴れた日に準備をはじめ、小さな少年と六十歳を越えたおばちゃんが三十一個も焼くクリスマスのケーキは、なにしろ、凝ったクリスマスの味つけがくどすぎて咽喉に詰まりそうな気がする。
金井美恵子 小さな暮らしの断片(かけら)「シュトーレンとクリスマス・カード」(後編)へ ⇒
左)金井美恵子(かない・みえこ)
小説家。1947年高崎市生まれ。著書に『カストロの尻』(新潮社)で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。著書に本誌連載を中心にまとめた『たのしい暮しの断片』(平凡社)ほか多数。
右)金井久美子(かない・くみこ)/画
10月15~27日まで、恵比寿のギャラリーまぁるにて、金井久美子の新作展「箱の内と外」を開催。
(問)ギャラリーまぁる
東京都渋谷区恵比寿4-8-3 神原ビル1階
TEL.03-5475-5054
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです