• 建築写真家・伊藤隆之さんが撮影した、誰もが魅了される近代建築を紹介する人気シリーズ。今回は、アメリカを代表する建築家、フランク・ロイド・ライト設計の「自由学園明日館」を紹介します。日本に残る、ライトの代表作です。是非、訪れてご覧ください。

    シンプルだがライト流空間演出で芸術へと昇華した木造建築の学び舎

    フランク・ロイド・ライトが日本で設計し、ほぼ完全な形で現存する建物が、この自由学園明日館です。

    画像: 中庭を囲む建物は軒高が低く、初期ライト特有の建築のスタイル「プレーリースタイル(草原様式)」そのもの

    中庭を囲む建物は軒高が低く、初期ライト特有の建築のスタイル「プレーリースタイル(草原様式)」そのもの

    自由学園は婦人之友社の創業者でもある羽仁吉一・もと子夫妻によって、大正10年(1921)に東京・目白に創立された女学校です。ライトを羽仁夫妻に引き合わせたのは、ライトの助手で夫妻の友人でもあった遠藤新でした。

    生徒ひとりひとりの個性を見極め、長所を引き出すという夫妻の建学の理念に共感したライトは、依頼を受けるとすぐに設計に着手。着工からわずか3か月後の大正10年4月に校舎が未完成のまま入学式が行われました。

    画像: 低い天井の傾斜や窓から差し込む光が、教室を落ち着いた雰囲気に演出している

    低い天井の傾斜や窓から差し込む光が、教室を落ち着いた雰囲気に演出している

    画像: ホールの玄関は天井が極端に低い。そのためホールに入った瞬間に強く空間の広がりを感じられる

    ホールの玄関は天井が極端に低い。そのためホールに入った瞬間に強く空間の広がりを感じられる

    しかし、帝国ホテルの工事の遅延をめぐるトラブルによってライトはアメリカに帰国してしまいます。あとの工事を託された遠藤によって建物全体が完成したのは昭和2年(1927)のことでした。

    平成9年に重要文化財に指定されたのは、前庭をコの字型に囲むように配置された中央棟、東教室棟、西教室棟と、隣の敷地に建つ講堂の4つ。

    建物はすべて木造で、漆喰塗りという実に簡素な仕上げですが、なにげない窓の桟にライト特有の幾何学デザインが施されており、実に見応えがあります。

    画像: 夕暮れ時の外観。内部の光によって窓と桟のデザインが強調されて美しさが倍加する

    夕暮れ時の外観。内部の光によって窓と桟のデザインが強調されて美しさが倍加する

    特に中央棟にあるホールには天井まで届く大きな開口が設けられ、繊細な幾何学模様の装飾が大窓を飾っています。

    この模様は切妻屋根の勾配に合わせた、シンプルな三角形と直線の組み合わせから成り立っているといいますが、それだけでここまで圧倒的な空間を構成できるのはライトだからこそでしょうか。

    画像: 中央棟にあるホールから中庭を望む。太い柱と木枠、桟が見事な幾何学模様を構成する

    中央棟にあるホールから中庭を望む。太い柱と木枠、桟が見事な幾何学模様を構成する

    戦災の被害を受けることなくその使命を全うしてきた明日館は、解体の危機を乗り越えて保存修理工事が行われ、現在は一般公開されています。

    画像: 中央棟にある大食堂。船底天井からライトのデザインによる木製の照明が下がっている

    中央棟にある大食堂。船底天井からライトのデザインによる木製の照明が下がっている

    画像: 大食堂を次室から見る。すべてがシンメトリックに設計されているのがよくわかる

    大食堂を次室から見る。すべてがシンメトリックに設計されているのがよくわかる

    画像: この教室の船底天井にも幾何学模様のデザインが用いられ、いかにもライトらしいすっきりとした仕上がり

    この教室の船底天井にも幾何学模様のデザインが用いられ、いかにもライトらしいすっきりとした仕上がり


    自由学園 明日館
    所在地/東京都豊島区西池袋2-31-3
    設計/フランク・ロイド・ライト、遠藤新
    竣工年/大正10年(1921)〜昭和2年(1927)
    重要文化財指定/平成9年5月29日

    【見学情報】
    [開館] 平日10:00〜16:00(入館は15:30まで)ほかに休日見学(10:00〜17:00)、毎月第3金曜夜間見学などあり ※結婚式がある場合は外観のみ無料で見学可
    [休館] 月曜(祝日・振替休日の場合は開館し翌日休館)
    [料金] 400円(喫茶付き見学600円)
    [交通]JR「池袋駅」メトロポリタン口より徒歩5分


    写真/伊藤隆之(いとう・たかゆき)
    1964年、埼玉県生まれ。早稲田大学芸術学校空間映像科卒業。舞台美術をてがけるかたわら、日本の近代建築に興味を持ち写真を学び、1989年から近代建築の撮影を始める。これまでに撮影した近代建築は2,500棟を超え、造詣も深い。『日本近代建築大全「東日本編」』『同「西日本編」』(ともに監修・米山 勇/刊・講談社)、『時代の地図で巡る東京建築マップ』(著・米山 勇/刊・エクスナレッジ)、『死ぬまでに見たい洋館の最高傑作』(監修・内田青蔵/刊・エクスナレッジ)などに写真を提供してきた。著書には『明治・大正・昭和 西洋館&異人館』(刊・グラフィック社)、『看板建築・モダンビル・レトロアパート』(刊・グラフィック社)、『日本が世界に誇る 名作モダン建築』(刊・エムディーエムコーポレーション)などがある。

    文/後藤聡(ごとう・さとし)
    近代建築を愛好するライター。とくに、明治から昭和初期に建てられた洋館に愛着が深く、建物の細部に見え隠れする、かつての住人や建築に関わった人たちの息づかいを見出し楽しんでいる。『時代の地図で巡る東京建築マップ』『死ぬまでに見たい洋館の最高傑作Ⅱ』(刊・エクスナレッジ)、『世界がうらやむニッポンのモダニズム建築』(刊・地球丸)などの執筆を担当。


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