写真について:因州箋をはじめ、懐紙やぽち袋など、和紙を楽しめるさまざまな商品。右上の和紙以外は、大因州製紙協業組合が製造したもの。右上は、紙漉き職人・長谷川憲人さんが手漉きした楮(こうぞ)紙。艶がある、なめらかな手触り
(『天然生活』2017年2月号掲載)
手漉き和紙の魅力に触れて
いくら書いても筆先が傷まず、墨もかすれない。きめが細かく、なめらかに筆を運べる因州(いんしゅう)の書画用画仙紙は良質な和紙として書道家を中心に高い評価を得ています。
因州和紙の歴史は古く、起源は奈良時代にさかのぼるとも。原料となる楮(こうぞ)や三椏(みつまた)と、山からの清冽な水に恵まれて発展し、約1300年もの間、大切に受け継がれてきました。
原料の栽培は戦後以降、他県や他国に委ねたものの、昭和50年には全国の和紙産地で初めて「国の伝統的工芸品」に指定され、近年では壁紙、襖紙、ランプシェード、和傘、和紙イヤリングなど、さまざまな用途の和紙を生産しています。そして、前述の書画用の画仙紙は国内一のシェアを誇ります。
誠実な仕事から生まれる手漉き和紙の美しさ
ちゃっぽん、ちゃっぽんと、心地よい水の音が静かな工房から聞こえてきました。繊細にすげたを操り、紙を漉くのは、この道35年の長谷川憲人さんです。ここは因州和紙の生産者のなかでも希少な、手漉(てす)き工房。画仙紙や染め紙のほか文化財修復紙まで手がけ、その高い品質から、著名な写真家や画家の作品にも使われています。
見せていただいた三椏紙は、透けるほど薄く、艶やかな光沢をたたえた、まさに工芸品。かつて、民藝運動の創始者である柳宗悦に美しさを見いだされたという因州和紙の伝統がたしかに息づいています。
楮や三椏を水にさらし、皮を取り除くことから始まる和紙づくりの工程は、細かく分けると全部で20以上にも。長谷川さんの工房は、そのすべてを家族3人の手作業で行うため、できる数は限られます。
「利益はほとんどないですね。でも、どの工程もおろそかにしないで誠実に仕事をすること。そうすれば、ちゃんと認めてもらえるものができる。紙で人とつながれることが、なによりの喜びです」
そう話す憲人さんの隣で息子の豊さんが黙々と、すげたを動かします。父と同じ道を志して、およそ7年。「僕よりずっとまじめ」と憲人さんが太鼓判を押す仕事ぶりで、日々、腕を磨いています。ふだんはケンカばかりと笑いますが、「父の紙が欲しいと、わざわざ買いにくる人がいる。自分もいつか、そういう職人になりたいです」。
和紙づくりにかける想いに触れて
因州和紙は、種類が豊富なことも特徴のひとつ。障子紙や壁紙をはじめ、ランプシェードなど、和紙の風合いを生かした多彩な製品がつくられています。手漉きと機械漉きを紙の用途によって使い分けている中原商店では、名刺から6畳サイズまで幅広く手がけ、筒型に紙を漉く「立体漉き」などにも積極的に取り組んできました。
「技術を継ぐだけなら伝承。技術に時代や使い手のニーズを合わせた創意工夫を重ねることで、伝統は築かれていくのだと思います」と社長の中原剛さんはいいます。
機械漉きといっても、原料や工程は手漉きと同じ。要所での手作業は欠かせません。手を抜かずていねいに。そして、使い手が求めるものをいかにかたちにするか。中原商店が掲げるこのふたつの信条は、そのまま因州和紙の品質と独自性につながります。
「質を保つのは大切だけど、当たり前でもある。市場にないものをつくることで、品質に付加価値を与えることができるんです」と、息子の寛治さん。これから中原商店は、京都の問屋からの注文で6畳大の和紙の制作に入るといいます。「大変ですけどね、その分、やりがいは大きいです」
因州和紙の保存会では、原料の楮を再び地元で栽培する試みが動きだしています。鳥取産の楮が職人の誠実で創意あふれる手を経て、新しい因州和紙に。実現するその日が、待ち遠しくなります。
因州和紙ができるまで
剝(は)ぐ :原料を水につけて軟らかくし黒皮と甘皮を包丁でていねいに剝ぎ取る。
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煮る :再び原料を水につけ、竹やわら、石灰などの薬品を入れて釜で煮る。
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晒(さら)す :煮えた原料を水洗いし、繊維質以外の部分やごみをていねいに取る。
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叩く :原料の繊維を叩いてほぐし、必要な長さや大きさにそろえる。
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漉(す)く :ほぐした原料に水と粘液を加え、すげたで汲んで揺り動かしながら漉く。
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絞る :漉いた紙を数百枚と積み重ね、重しや圧縮機で水分を取り除く。
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干す :脱水が済んだら紙を一枚ずつ剝がし、乾燥板に張り付けて乾かす。
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整える :不良な紙を取り除き、用途に応じてそれぞれの寸法に裁断する。
<撮影/村林千賀子 取材・文/熊坂麻美 イラスト/にしごりるみ>
にしごりるみ
鳥取県生まれのイラストレーター。小誌をはじめ、雑誌や書籍の挿絵を中心に活動。子どものころに通っていた書道教室で因州和紙を使い、その書き心地はよく知るところ。
[提供/鳥取県東京本部]