(『天然生活』2017年3月号掲載)
年中行事と聞いて、何を思い浮かべるでしょう? 子どもの学校行事や、デパートで行われる季節の催事、会社の催しなど……。一年を通して、そういった年中行事を目にする機会は少なくありません。ですが、それぞれがもつ意味や目的について考えたことがあるという方は、案外少ないのではないでしょうか。
「日本には四季折々の美しい習慣があります。そのなかで生まれた季節の風趣や楽しみごとが現代まで継承されたのが、年中行事です。それを家庭で、お盆に盛って(飾るという意味)、形に表すのが “室礼(しつらい)” です」と話すのは、室礼の教室を主宰されている山本三千子さんです。
山本さんによれば、室礼とは家族に語り継がれる “家庭内文化” だそう。ご先祖さまに想いを馳せ、自然に目を向け、目に見えないものに対して感謝や祈願をする。そういった古来の日本人の心を、年中行事に向き合うことで、改めて見直すことができるといいます。
初心者でも始められる室礼の愉しみ方を、山本さんに教えていただきました。
室礼の意味は
お祝いや感謝の心を、季節の「もの」に託して、神様に供えることです。
室礼という言葉は、空間を整えてその場を飾る「しつらえる」という動詞に由来しています。
ここで紹介する室礼は、季節や人生の節目に、感謝や祈願、もてなしの心で、お盆に “盛って” 表現すること(室礼の世界では、飾るとはいわず、盛るといいます)。
お正月なら鏡餅、節分なら豆と柊(ひいらぎ)、というように季節の縁起物や収穫物を「盛りもの」とし、ご先祖さまや故人を想いながら自由な発想で供えることを室礼と呼ぶのです。
いま、年中行事を行う、3つの意義
1 家族のコミュニケーションが生まれます
室礼は、家族に受け継がれる家庭内文化です。子どもに伝統行事の楽しみや大切さを伝え、毎年、繰り返し行うことで、その家庭に “家風” が生まれます。また、家族3世代で集まることで、交流をつくるコミュニケーションにも。過去から未来へ「つながり」を生み出すことが、室礼の醍醐味です。
2 ご先祖さまを大切にすることにつながります
ご先祖さまに感謝し、自然に目を向けることが室礼の基本です。自分の家だけでなく、ふるさと、先祖の墓があるところにも意識を向けましょう。日本の年中行事には、祖霊をお迎えする習慣に根差しているものがたくさんあります。室礼を行い、おもてなしすることで、ご先祖さまとつながります。
3 自然の命をいただくことで、命がつながることを実感します
室礼では、お供えした「盛りもの」を、みんなでいただく直なお会らいも行います。これは、神さまと人間が同じものを食べることで一体化する「神人共食」の文化です。食べるということは、身につけること。自分の行為を体に収めることで、命の大切さを学ぶことにもつながります。
室礼の愉しみ方
室礼には、難しいルールはありません。基本的な流れを身につけたら、自由な発想で愉しみましょう。
室礼を行う流れ
まずは、片づけることから。掃除は清めることを意味するので、部屋を掃除することで、自分自身も清められることにつながります。
吸い込む掃除機よりも、 “掃き出す” ほうき(悪いものを掃き出す)と “磨く” ぞうきん(心を磨く)を使うと、なおよし。
掃除が終わったら、次は、お盆の上に感謝の気持ちや心を盛って。
最後に、この「盛りもの(供えたもの)」を家族みんなで、いただきます。このように食べて身につける行為を「直会(なおらい)」と呼びます。
1 片づける
2 盛る
3 直会(なおらい)
あると便利な道具
一枚あるとよいのが、お盆。丸と四角のものがあると、なおよいです。もっとこだわって室礼をしたい人は、白木でつくられているお供えのための道具「三方[三宝](さんぽう)」を用意して。三方の上には、白い奉書紙をのせましょう。
日本の、主な年中行事
日本の四季折々と向き合い、先人たちが行ってきた代表的な年中行事(旧暦)を紹介します。
睦月 正月
元旦に年神さまを迎えて新しい年の平安を祈念する行事。鏡餅は、自分を写す鏡として、また、稲の霊が宿るハレの日の食べ物として供える。正月の縁起物といえば実が上向きの千両を。実が下向きの万両は、床の間にあげないこと。
如月 節分
「季節を分ける」という意味から、本来は立春・立夏・立秋・立冬の前日をさしていた言葉。現在は立春の前日だけが節分として残っている。節分といえば、豆まき。柊、あたり棒、いわしなども、節分を語るものとされている。
弥生 雛祭り
三月三日、雛人形を飾って、女の子の成長をお祝いする日。「桃の節句」とも呼ばれるように、桃の花が縁起物。雛壇に鎮座する雛人形は、江戸時代中ごろからの風習。色鮮やかな食事やお菓子を用意して、お雛さまと一緒に直会を。
皐月 端午(たんご)
五月五日、男の子の成長を祝う日。本来は、中国古来の「重日思想(奇数が重なり、よくないことが起こりやすい日)」から、健康祈願や魔よけを行った習わしがルーツ。「尚武」とかけて菖蒲、武士の象徴のかぶとが縁起物となる。
文月 七夕
織姫と彦星が年に一度、天の川で会えるという伝説は中国から伝わった話。日本では、盆を迎える前、旧暦の七月七日ごろに行われた「祓え」の行事に由来する。旧暦の七夕は夏の収穫期にあたり、夏野菜を神さまに供える日でもある。
葉月 お盆
日本人の一年の軸となる、お盆と正月。ふるさとに帰り、ご先祖さまの墓参りをするのが一般的。脚を付けたなすときゅうりを供えるのは、精霊は、なすの牛に荷物を載せ、きゅうりの馬に乗って戻ってこられるという言い伝えから。
長月 重陽(ちょうよう)
奇数を陽の数と考える中国では、9が最大の陽数となり、それが重なる九月九日を祝うようになったのが始まり。「菊の節句」とも呼び、さらなる長寿や繁栄を願う。菊の花弁を浮かべたお酒(菊酒)をいただく習慣がある。
神無月 月見
秋の名月を観賞する行事。本来は、旧暦八月十五日(十五夜)、旧暦九月十三日(十三夜)のふたつの月を見ることを「月見」と呼んだ。十五にちなみ一寸五分の大きさの月見だんごを15個と、秋の収穫物のいも、すすきなどを供える。
霜月 七五三
最近では写真を撮ることが優先されがちだが、本来は神社へご挨拶に伺うのが目的。子どもが三歳・五歳・七歳になった年の十一月十五日に正装して参拝し、その年齢になったことへの感謝と、さらなる成長と健康を祈願する。
難しいものと構えず自由な発想で室礼を
「日本の神さまは “客神” 、訪れていらっしゃる神さまといわれています。神さまがどこへ向かえばよいか迷わないように、私たちは目印を用意してお待ちするのです。お正月に門松(=待つ)を立てるのも、そういった意味があるんですよ」と山本さん。
室礼も同じだそう。一年の節目や季節の節目に、感謝の心や祈願の想いをものに託して、神さまにお供えします。単なる飾りや装飾にとどまらず、心を込めて、おもてなしを。これを、室礼の世界では「盛りもの」と呼んでいます。
室礼という言葉に慣れないうちは、その方法に戸惑ってしまうかもしれませんが、山本さんいわく「室礼は、けっして理屈っぽく難しいものではない」とのこと。
「すべてを伝統どおりにしなくても、現代風に解釈した要素を盛りものに取り入れてもいいのです。初めてならば、たったひとつからでも。ルールに縛られない、自由な発想で」と、チャレンジする気持ちが大事だといいます。
たとえば、雛祭りの室礼をしようと思ったとき。本物の桃の木が手に入らなければ、桃の花の写真や絵で代用してもよいのだそう。
「それも日本文化の “見立て” という行為につながります。大事なのは、盛りもの自体よりも、神さまをもてなす気持ちで “心を盛る・季節を盛る・言葉を盛る” という行為です。室礼は、書物ではなく暮らしのなかで伝わってきたもの。長い歴史の経過のなかで、年中行事や室礼の方法も時代に沿って変化していますから」
年中行事に向き合うことで日本人としてのアイデンティティを再認識するきっかけになる、と山本さんは考えます。最初は不慣れでも、家族で毎年繰り返し行うことで、目に見えなかったものがわかるようになってくる。
まずは、行動に移すことが大切です。そして、これが未来の子どもたちへ文化をつなぐことにもなるのです。
「先人たちは自然の恩恵に感謝し、自然のなかに美しさを見いだしてきました。ていねいにひとつの “ことを行う(=行事)” ことが、人間の心と魂を育てます」
室礼を盛る場所も肝心です。家のどこがよいでしょうか?
「日本の住居では、床の間が神聖な空間とされてきました。ですが、時代の変化につれて床の間がない住宅も増えています。そういう場合は、玄関の下駄箱の上にクロスを一枚敷くだけで十分。クロスの上にお盆をのせ、そこに季節の縁起物を組み合わせれば、もうそれで立派な室礼の完成です」
<イラスト/松尾ミユキ 取材・文/大野麻里>
山本三千子(やまもと・みちこ)
新潟県出身。室礼の教室「室礼三千(しつらいさんぜん)」主宰。南宗瓶華四世、故・田川松雨氏に師事。数々のカルチャースクールで講師を歴任。著書に『暮らしの室礼十二か月』(淡交社)など。
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです