国中に張り巡らされたウォーキングコース「フットパス」
コッツウォルズの街に住み始めて、私たち夫婦の週末の過ごし方や習慣に少しずつ変化が出はじめました。その中のひとつがウォーキング。イギリスには、フットパスと呼ばれるウォーキングのコースが国中に張り巡らされています。村から村、畑の中から牧場、なかには私有地を通り抜けるものもあります。そんな、森、林、川など自然の恵みを身近に感じながら気軽に歩けることがフットパスの醍醐味です。
私たちが住む村、チャールブリーにも、フットパスがたくさんあります。たくさんあるコースの中のひとつがマナー・ハウス(領主・地主の館)の私有地の一部を通り抜け、隣村に続くコースです。
ある週末、夫とこのコースを歩いてみました。小さな川の橋を渡り、シカの大群を遠くに見ながら、ひたすら歩く。途中、ヒツジやウシも柵越しに見え、キジが私たちの前を横切ったり、たまにすれ違うウォーキング中の人たちとは、もちろん挨拶を交わします。
夫との会話も、あの羊がどうだの、あの鹿がどうだの、というような内容が続きます。そうやって歩いていると、どうしてこんなにウォーキングが人気なのか、少し理解できたような気がしました。自然の中で呼吸し、緑を愛でることで、五感に栄養が補給されていく感覚。そしてウォーキングの後、家でゆっくりお茶を頂く、このひとときもまた、楽しみのひとつなのです。
フットパスの無音の世界と美しい星空に魅せられて
すっかりウォーキングの魅力に目覚めた私は、朝、たまにひとりでこのコースを歩くようになりました。そんなある朝、まったく音がない瞬間があることに気付いたのです。私の足音だけが響くだけ。あとは、木が揺れる音、鳥やシカの鳴き声がときどき響くだけ。この静けさがまた心地よいのです。それまでは、イヤフォンをして音楽を聴きながらウォーキングしていましたが、この無音の世界に気づいてから、森の中を歩くとき、イヤフォンを外すようになりました。
ロンドンからコッツウォルズへの引っ越しを考えだした頃、「どんな家に住みたいか」をノートに書き出しました。まず頭に浮かんだのは、夜空がきれいに見える家、これが私にとっての大事なポイントでした。子どもの頃から夜道では必ず月を探し、子どもができてもそれは変わりませんでした。おかげで子どもたちも夜道では必ず一緒に月を探すようになりました。都会でもきれいな夜空が見えるけれど、郊外に出ると見える星の数が圧倒的に違います。
ここチャールブリーも、雲がない日は、夜空に満天の星が輝いています。暖かくなると外で食事をするのが好きな私は、キャンドルを灯して、小さな中庭で星を眺めながらワインを頂くひとときをとても贅沢に感じます。庭は草はぼうぼうで、家の中はほこりだらけ、床板はすき間だらけでクモもたくさん。それでも、夜空に輝く満天の星々があれば、それだけで至福の時間が流れます。
「ロンドンが恋しくない?」とよく聞かれますが、答えは「No 」。キジやシカに気を付けながら運転したり、夜が真っ暗だったり、霜が張ったフットパスで土の中から顔を出しはじめたクロッカスに気が付いたり、ヒツジの群れの中に子羊を見つけて春が近いとうれしくなったりする、四季の変化を五感で感じられるいまの暮らしがとても心地よいのです。
離れて暮らす子どもたちに「子羊見かけたよ~!」と報告すると、「よかったね」と、どっちが親なのか分からない会話が続きます。
さて、今週末はどのコースを歩きましょうか。
<撮影・文/コヅエ ガーナー>
コヅエ・ガーナー
神戸市出身。イギリス・コッツウォルズ在住。ソフトファニシング・インテリア、風水インテリアデザイナー。2008年からMisty Interiorをスタートし、ロンドンを中心に活動している。
http://www.mistyinterior.com/