前回まで4回にわたり、メキシコの旅のあれこれについて、お伝えしてきました。今回は帰国後、旅から日常へと移行するあわいの日々のなかで、心動かされたお話をしたいと思います。
2020年1月から、メキシコシティではプラスチックバッグ(レジ袋)の提供が禁止となりました。街で買い物をしたら、マイバッグに入れるのが当たり前。持ち合わせていないときは、申し訳ないくらい立派な袋が渡されることもありました。
しかし、その前からこのバッグはメキシコの人々の間で日常的に使われてきたよう。南部の町サン・クリストバル・ デ・ラス・カサスでは、お土産物を扱う⺠芸品市場ではなく、食料品などを売る日常的なメルカドにこのバッグが売られ、地元の人々が使い込んだバッグに荷物をたくさん入れて歩いている姿もよく見かけました。
というわけで、これまで「つい買い物袋を持ち忘れてしまうな......」なんて思っていた私も、 メキシコでの日々のおかげでやっと、マイバッグを持ちあるく習慣を(だいぶ)身につけられるようになってきました。
そんなある日、私が暮らす村で新たな取り組みがはじまると聞いたのです。
それは、農家さんによる「プラスチックフリーマルシェ」。農薬や化学肥料をできるだけ使わずに育てた農産物を、小分けのビニール袋に個包装せず、量り売りやザル売りにして販売しようという試みです。
企画者は、「五人坊主」こと大島農園の大島歩(あゆみ)さん。
愛媛県の無茶々園で研修し、そこで 出逢った夫の太郎さんの故郷であるこの村で農業を営んでいる歩さんは、野菜の定期便に登録してくれているお得意さんの数人から「ビニールに入れなくてもいいよ」と言われたことをきっかけに、この企画を思いついたといいます。
「たしかに、私もずっと気になっていて。鮮度維持や輸送の問題から、遠くへ発送するもののビニール袋はなかなかなくすことがむずかしいけれど、畑の近くで販売するぶんには問題なく食べていただけそう」
そう思い立ったら、すぐに行動。発案から実行までわずか1ヶ月程度というから、そのスピード感に驚かされるばかりです(こういう、小回りがきく感じが、村の大きな魅力でもあります)。
2月のある日、会場であるショッピングセンターに出かけると、明るい笑顔で歩さんが出迎えてくれました。並んでいるのは不揃いな人参やカットした大根。そして山盛りのほうれん草!
この日は地域のさまざまな作り手が集う「つばめマーケット」も同時開催されていたため、会場は大賑わい。たくさんの野菜を前に、歩さんもなんだかうれしそうです。私も楽しい気持ちで、ほうれん草をふた山ほど、いただいてきました。
旅する間に、動いた私の心。そして日常に戻ってみたら、いつもの景色も私と同じように少しずつ変わっていた──。この、偶然の呼応のようなものはなんでしょう。
この日、同じ会場で同時開催されていた「つばめマルシェ」でも、地元の木を使って小物を作るワークショップに挑戦したり、地域の食材でおいしい料理を振る舞う友人たちの姿に会えて、彼らの姿にもふいに胸が熱くなりました。
希望のもてる未来は、私たちの日々の暮らしから、小さな積み重ねから。旅も楽しいけれど、村での日常もやっぱり楽しいな。
なんだかのんきな終わり方ですが、こんなときこそ、愛しい時間をこの手のなかに、大切に守っていきたいと思うのでした。
これからも、プラスチックフリーマルシェは毎月一回、定期的に開催されていく予定だとか。私も、メキシコバッグを持って通い詰めるつもりです。歩さん、これからもおいしいお野菜を楽しみにしていますね!
玉木美企子(たまき・みきこ)
農、食、暮らし、子どもを主なテーマに活動するフリーライター。現在の暮らしの拠点である南信州で、日本ミツバチの養蜂を行う「養蜂女子部」の一面も
<撮影/佐々木健太(プロフィール写真)>