(『天然生活』2019年10月号掲載)
本屋のおじさんもうれしい、「これは!」と思う3冊
「最近は本が売れないんですよ」
といった僕の前に差し出されたのは1枚の1万円札でした。高校時代の先輩方との飲み会でのことです。「これで面白そうな本を見繕って送ってほしい」。
このひと言はショックでした。選べなければ、うちには面白い本がないということになってしまいます。実に究極の問いかけに思えたのです。店に戻って、棚を見渡し先輩の人となりを想いながら懸命に考えて、なんとか手紙を添えて本を送りました。「面白かったよ」といわれたときは、本当にうれしかったのです。
早速、ホームページに選書の申し込みの窓口をこさえましたが、簡単には広まりません。
それでも、口コミからポツポツと注文が入ります。選書カルテに書かれた内容を基に選書を提案し、既読本があれば交換します。
「これまでに読まれた本ベスト20」を書き出すのは、かなりハードルが高いようです。印象に残っている本を思い出す作業は、そのときの自分自身のことを思い出すということでもあるからです。
それは、もうひとりの自分が立ち上がってくるというか、自分自身を客観的に見られるようになるということです。そこにきて、「こんな本も読んでみたら?」と提案するわけです。これは子どものころにやっていた「面白い本の教えっこ」の延長にあると思うのです。
そんな、とっておきの本を紹介しましょう。僕は子どものころから家を出たくてしょうがありませんでした。親や先生が(僕のためによかれと思って)押しつけてくる意見が大嫌いでした。
ところがおじさんはそこに穴をあけて風を送ってくれました。人が親離れするためには「おじさん」的な存在が必要なのです。『パリのすてきなおじさん』(金井真紀・著/絵 柏書房)のなかで僕たちは、日本では少なくなってしまった個性的なおじさんたちに会うことができます。
パリのすてきなおじさん
軽くて、深くて、愛おしい、パリのおじさんインタビュー&スケッチ集
金井真紀・著/絵 広岡裕児・案内 柏書房 1,728円
僕は本屋の世界で「おじさん」になろうと思いました。「カネのために本屋をやってるんじゃねえ」とか、やせ我慢しながら生きていこうと思いました。「これは!」と思う本を見つけたときはうれしいものです。
たとえばこれ、『胎児のはなし』(最相葉月、増﨑英明・著 ミシマ社)ですね。
胎児のはなし
超音波診断でわかった、だれもが経験しているのに知らない、赤ん坊になる前のこと
最相葉月、増﨑英明・著 ミシマ社 2,052円
僕は赤ちゃんがどうして溺れないのかも知らなかったのに、父親のDNAが胎児を通じて母親に入るっていうのですからビックリです。最新のDNA解析によって(少しだけ)明らかになった胎児の世界。本は読めば読むほど、自分は何も知らなかったということに気づかされます。
江戸末期、明治初期に来日した外国人の書き残した文献を集めたのが『逝きし世の面影』(渡辺京二・著 平凡社)です。
逝きし世の面影
幕末から明治にかけて来日した外国人の目線で、失われた日本の文明を振り返る
渡部京二・著 平凡社ライブラリー 2,090円
当時の人々が見た日本の文明と日本人のルポルタージュ。ここに登場する、ご先祖さまたちはあまりにも心やさしく愛おしい。貧乏人は存在するが、貧困なるものは存在しない、桃源郷のような社会があったのです。
子どもや孫の世代にも読んでもらいたくなるような、こんな本を紹介して売ることが本屋のおじさんの喜びなのです。
<イラスト/山本祐布子 文/岩田 徹>
岩田 徹(いわた・とおる)
北海道砂川市のいわた書店の2代目社長。その人の詳細なカルテを基に選んだ、1万円分の本を送るサービス「一万円選書」が評判の本の目利き。
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いわた書店
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※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです