ひとりひとりに本を選んで送る「一万円選書」で人気の、小さな本屋さんが北海道にあります。お店の名前は「いわた書店」。選書を担当する本の目利き、岩田徹さんに、おすすめの海外文学3冊をご紹介してもらいました。こんな時期だからこそ前向きに、本にじっくり向き合ってみませんか?
(『天然生活』2020年2月号掲載)
唸って、感じ入る、食わず嫌いにも読んでほしい海外文学3選
「お届け先は避難所ということです」
といって、ある方につくった一万円選書のリストを見せられました。その方に先日お届けした本が、洪水で流されてしまったというのです。
それを聞きつけた別の方が、「お見舞いとしてプレゼントしたいから、同じ本を送ってあげてほしい」とメールで申し込まれてきたのでした。
着の身着のままで、さぞかし心細いことでしょう。本でお役に立てるならと、早速、本をお送りしました。一万円選書が、僕の手元を離れても、何かのきっかけになって人と人の心を繋げているということに感動してしまいました。
翻訳ものは人名が覚えられないから苦手という方がいらっしゃいます。そんな、食わず嫌いの方に薦めたいのは、『書店主フィクリーのものがたり』ですね。
書店主フィクリーのものがたり
書店に捨てられた子どもをひとりで育てる店主の、本を介して広がる人生の物語
ガブリエル・ゼヴィン・著 小尾芙佐・翻訳 早川書房 840円
自分のお気に入りの本を薦める偏屈な書店主(まるで僕のようです)はある日、稀覯(きこう)本を盗まれてしまいます。そればかりか、今度は店に小さな女の子が捨てられて……。
彼はその子をひとりで育てようとします。その過程に、僕のやりたかった本屋の姿が描かれていて、うんうんと唸って読みました。
『図書館ねこデューイ』では、図書館の返却ボックスに捨てられていたのは子猫でした。
図書館ねこデューイ
図書館に捨てられた子猫は、やがて、世界中から愛される図書館猫 “デューイ” となる
ヴィッキー・マイロン・著 羽田詩津子・翻訳 早川書房 900円
震える子猫を助けて、図書館で飼えるように館長と町の人々は手を尽くします。かわいらしい子猫は、たちまち人気者になり、やがて町の人々の心のよりどころになっていくのです。
この本で描かれているのは “図書館と町の人々の関わり” です。映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』でも、図書館の地域での役割が詳しく紹介されていますが、この本では猫の姿を借りて、図書館が人々をいかに励まし、役立つ存在なのかが実によく描かれています。
海外文学は欧米だけのものではありません。韓国からとんでもない本がやってきました。ソウル生まれのソン・ウォンピョンの『アーモンド』です。
アーモンド
韓国のベストセラー。感情を理解できない少年ユンジェの喪失と再生、成長を描く
ソン・ウォンピョン・著 矢島暁子・翻訳 祥伝社 1,600円
脳の一部分の扁桃体(アーモンド)が人より小さく、怒りや恐怖を感じることができない16歳のユンジェ。母親は彼に「感情」を丸暗記させて “普通の子” に見えるように訓練します。
つまり「普通」とか「皆と同じ」になろうとするのです。ここでもだえ苦しむ主人公がたどる運命……。そして最後に立ち現われる奇跡の瞬間。翻訳小説のみならず、僕は今年読んだ小説の最高傑作だと感じ入りました。
11月、10年に一度という規模の爆弾低気圧に襲われて、砂川市は一夜にして真冬になってしまいましたが、ありがたいことに遠くからの来店客が増えています。(※編集部注……執筆当時、北海道を季節外れの暴風雪が襲いました)
小一時間かけてゆっくりと棚を眺めて、ひと抱えほどの本を買っていただきます。「どちらから?」と聞いて、時間が許せば一緒に写真を撮ったりして、なかなかに楽しいひと時です。
夏の終わりに来たのは台湾ボーイと香港ガールのカップル。富良野に行く途中で立ち寄ってくれたのですが、このふたりの姿になにか東アジアのステキな未来を感じたのです。いまは、香港ガールがどうしているのかと、心が痛みます。(※編集部注……執筆当時、香港の民主化デモと、その取り締まりが激化していました)
<イラスト/山本祐布子 文/岩田 徹>
岩田 徹(いわた・とおる)
北海道砂川市のいわた書店の2代目社長。その人の詳細なカルテを基に選んだ、1万円分の本を送るサービス「一万円選書」が評判の本の目利き。
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いわた書店
北海道砂川市西1条北2丁目1-23
TEL.0125-52-2221
http://iwatasyoten.my.coocan.jp/
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです