いまでこそ、やたらこけが目に留まってしまう日々を送っている私ですが、こうなる前は小さなこけが見えていなかったし、ましてや、どうやって増えているのかなど考えもしませんでした。そんな私がこけ好きになり、生態を学んでその繁殖方法を知ってからというもの、いまやこけだけでなく、生きものすべての生命の奥深さにすっかり魅了されています。
胞子体はこけの種類を見分ける手がかり
こけは蘚類、苔類、ツノゴケ類の3グループに分かれるのですが、種類によって胞子体のつくりが異なり、分類する際のポイントになります。胞子体の違いをよく見ていくと、どのグループに属するかがわかります。
※タイトル写真はタマゴケの胞子体です。タマゴケについては次回紹介します。
胞子が入っているカプセルのような部分を蒴(さく)といいます。蘚類の蒴は、球状だったり角柱形だったり、ひょうたんのような形のものもあります。
胞子は一度に全部まかれるのではなく、蒴から少しづつ出ては風に乗って飛んでいくので、胞子体自体がしっかりしたつくりになっており、胞子が出終わって空っぽになった後でも、形が残ります。蘚類の群落を見ていると、青々としている今年の胞子体に紛れて、昨年の茶色い胞子体が残っていることがあります。
蒴のてっぺんに蒴帽(さくぼう)という帽子のようなものがのっている種類では、まず蒴帽が取れてから、蒴のフタが開いて、中から胞子が出てきます。
はじめて見たとき、「おぉ、エイリアンの口みたいだ!」と思いました。開口部のふちをぐるりと囲っているのは蒴歯(さくし)。空気の乾湿を感知しては開閉し、胞子が出るタイミングや放出量をコントロールしているスグレモノです。
苔類の胞子体の特徴
苔類の蒴は、マッチ棒の先端のような丸っぽい形が多いです。蒴が裂けると、中身の胞子を一度に全部出しきってしまうので、蘚類のように丈夫なつくりにはなっていません。蒴の中には弾糸(だんし)という糸状のものが一緒に入っています。
この弾糸は乾湿によって胞子に絡みついたり、バネのように伸びて胞子をはじき出したりする性質があり、胞子が塊のままポトリと落ちず、ばらけて飛び出す手助けとなっています。
ツノゴケ類の胞子体の特徴
蘚類と苔類の蒴が、葉の上に伸びた蒴柄(さくへい)の上についているのに対し、ツノゴケは蒴柄がなく、蒴自体が細長く上に伸びていきます。その様子は、ツノゴケという名が表す通りツノのようです。
蘚類も苔類も、蒴の中の胞子は同時に成熟するのですが、ツノゴケの場合はツノの先端から順に熟していき、熟したところから縦に裂けながら、胞子が飛び出していきます。苔類と同様に、弾糸を持っています。
胞子体という見どころポイントに着目してルーペなどで見ると、私たちが知っているこけとはまた違った、さらに個性的な姿がそこにはあります。こけの生態を知っていると、さまざまな角度から楽しむことができます。
次回は”こけの増え方”について、更にディープにご紹介しますのでお楽しみに!
<文/芝生かおり 撮影/吉田智彦 >
芝生かおり(しぼう・かおり)
東京生まれ、横浜市在住。こけを愛する会社員。趣味の登山で山へ通ううちに北八ヶ岳の森でこけと出会い、その多様性と美しさに魅了された。ほかの小さな生き物も気になりだし、地衣類、藻類、菌類、変形菌にも注目している。
吉田智彦(よしだ・ともひこ)
文筆家、写真家、絵描き。自然と旅が大好物で、北米の極北を流れるマッケンジー川やユーコン川をカヤックで下り、スペインのサンティアゴ巡礼路、チベットのカイラス山、日本の熊野古道などの巡礼路を歩く。近年は、山伏修行に参加。東日本大震災後、保養キャンプに参加する福島の母子を撮影し、写真をプレゼントする活動をはじめ、福島の現状と保養キャンプの役割を伝えるため、2018年から写真展『心はいつも子どもたちといっしょ』として各地で展示している。芝生かおりの夫で、ジャゴケと地衣類偏愛者。著書『信念 東浦奈良男〜一万日連続登山への挑戦〜』(山と渓谷社)、『熊野古道巡礼』(東方出版)など。