• 東京郊外に生まれ、南信州に暮らすライター・玉木美企子の日々を綴る連載コラム。村での季節のしごとや、街で出会えたひとやできごと、旅のことなど気ままにお伝えします。今回は、夏になると思い出すあるひと皿の小さなお話です。

    思い出の味、すいかのグラニテ

    ようやく伊那谷に青空が戻ってきました。すると突然やってきた、うだるほどの蒸し暑さ。気づけばもう8月ですから、遅すぎる夏の到来ですね。

    このまま梅雨が過ぎ去ってくれることを願いながら庭に出ると、鮮やかな緑に囲まれました。それは実り始めたピーマンや甘柿の若い実だけでなく、アマガエルにバッタ、生まれたばかりの小さなカマキリも。

    陽の光をたっぷりと受け、透き通るような美しい緑色のものたちが、今は心から愛おしく思えました。お天道様とはこんなにもありがたいものなのですね。

    画像1: 思い出の味、すいかのグラニテ

    さて、5年前まで西荻窪に暮らしていた私が、この季節に思い出す食べ物があります。それは「すいかのグラニテ」。家の近所のとあるカフェで、夏限定で出ていたメニューでした。

    グラニテとはご存じのとおり、シャーベット状の氷菓のこと。冷たくてもそのひと皿はしっかりと甘さと香りが立ち、シャリシャリっと崩してシルバーのスプーンでいただくと「すいかよりもすいからしい」味わいが口いっぱいに広がるのです。

    あまりにもおいしくて、初めて食べた夏は何度もお店に足を運びました。それからも毎年一度は必ず食べたい、夏のお楽しみに。

    じつは何度か、見よう見まねで家でも作ってみたのですが、なかなかお店のような深い味わいには至りません。

    ある日、勇気を出して「どうしてこんなにおいしいのですか」と聞いてみると「果実だけでなくスイカのリキュールも加えているんですよ」、とのこと。

    なるほど! とプロのひと工夫に白旗をあげ、すいかのグラニテはこのお店で、と決意したのでした。

    私が西荻を去るよりも早く、惜しまれつつそのカフェは西荻の店を畳まれ、移転をされていました。思えばグラニテのメニューも最後のほうにはなくなっていたかもしれません。

    けれど夏が来るたびに、あの味とともに古い家具に囲まれた居心地のよい店内や、小さな窓から差し込むやわらかな光がよみがえってきて、懐かしいような、まぶしいような、なんとも幸せな気持ちになります。

    ささやかで大切な、東京の思い出のひとつです。



    画像2: 思い出の味、すいかのグラニテ

    玉木美企子(たまき・みきこ)
    農、食、暮らし、子どもを主なテーマに活動するフリーライター。現在の暮らしの拠点である南信州で、日本ミツバチの養蜂を行う「養蜂女子部」の一面も

    <撮影/佐々木健太(プロフィール写真)>



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