東京郊外に生まれ、南信州に暮らすライター・玉木美企子の日々を綴る連載コラム。村での季節のしごとや、街で出会えたひとやできごと、旅のことなど気ままにお伝えします。今回は、年明けから取り組んでいる手づくり醤油のお話を。
力を合わせて1年。大きな樽で手づくりの醤油を育てる
朝晩の冷え込みが少しずつ厳しくなってきましたね。
南信州のわが家ではついに、ストーブを使うように。まだ薪ストーブには火を入れていないのですが、灯油ストーブが稼働しています。
東京に暮らしていたころ、暖房はもっぱらガス頼みで、灯油ストーブを使うだなんて、考えられないことでした(賃貸の家では灯油禁止のところが多いですよね)。
けれどここ長野では、おそらく灯油ストーブが主流。
エアコンが少しずつ増えてきていて、薪はお風呂で使う人は多くても、意外と薪ストーブは少ない、そんな印象です。
わが家で使っている暖房の燃料である灯油も薪も、当たり前ながら、なくなったら足さなければなりません。
これが結構、示唆に富んだ大切な存在だと思っています。
本当は電気もガスも有限なものですが、スイッチひとつでいくらでも出てくるから、都市の暮らしのなかではつい、何も考えずに使いすぎてしまっていました。
一方、灯油や薪は、ちゃんとなくなって「エネルギーの有限性」を教えてくれるから、無駄にしないように、大切にという気持ちがおのずと湧いてきます。
……なんていうと、殊勝な感じがしますが、要するに、灯油を足したり、薪を割ったり運んだりというのは、結構大変な力仕事なんです。
大変だからこそ、いかに無駄なくするかをようやく考える。
なんだか情けない話ではありますが、面倒だから便利なほうに戻りたいとは不思議と思わず、今はこの不便とエネルギーの節約に向き合いたい。そんな気持ちでいます。
さてさて、今日はずっと撮りためてきた「手づくり醤油」のお話をさせてください。
村に越してきてから、みそだけでなく醤油も、手づくりのものを使いほとんど市販品を買うことがなくなりました。
醤油を手づくり!?と、最初は驚きましたが、この地域では大きな樽で醤油を仕込み、みんなで分け合う「チーム」が複数存在していて、それぞれ力を合わせて一年かけて手づくり醤油を育てているのです。
手間も時間もかかるけれど、原料がシンプルで安心ですし、なによりとってもおいしいのです。
通常は、2年以上かかるという醤油づくり。
ですがこれを1年で仕上げるレシピを長年の研究の末、考案した方がおり、ここではその方のやり方にのっとって仕込みをする人たちの輪がじわじわと広がってきたのだそう。
私は最初は、本当にお仲間に入れていただいているだけ、という参加でしたが、今年からは縁あって、普段から仲の良い友人たちと3家族でひと樽を仕込むことになりました。
最初に仕込みをしたのは今年3月。まさに新型コロナウイルスの不安が世界を覆っている時期でした。
それでも醤油だけは仕込まなくてはと、体調を万全にし、時間を区切って集まったあの時間は今でも忘れられません。
麹屋さんに特別にお願いして作っていただいている、麦と大豆を合わせた醤油用の麹に塩をまぶし、水を注いでゆっくりと攪拌。
ここからこの「もろみ」を育てて醤油にしていく日々のはじまりです。
最初は3日、5日と、短いスパンで天地返しを続けます。塩をとかし、もろみの成育を進めるのが目的です。
全体がなじんだころからは、1ヶ月に1回程度でOK。
夏場は小さなサンルームのような小屋に入れて、一気に成育を進ませていきます。
一時は「キラ」と呼ばれるカビが発生してしまった私たちの醤油樽でしたが、ていねいにキラを取り除く作業を行なったおかげで、夏が終わるころにはずいぶん醤油らしい、旨味と塩っけのバランスのよい味わいになってきました(まみちゃん、ありがとう!)。
ちょっと舐めるとまた舐めたくなるほど深い味わいに、「今年もやってよかった……」と、じんわりと幸せを感じます。
こうして夏を越え、秋が深まる頃からはもう、醤油絞りのタイミングまでゆっくりともろみを休ませておきます。
私たちの樽の醤油しぼりは来年2月を予定しています、そのときには晴れて完成したお醤油のことをまた、ご紹介できればと思います。
私も今から、その日が楽しみです!
玉木美企子(たまき・みきこ)
農、食、暮らし、子どもを主なテーマに活動するフリーライター。現在の暮らしの拠点である南信州で、日本ミツバチの養蜂を行う「養蜂女子部」の一面も
<撮影/佐々木健太(プロフィール写真)>