(『天然生活』2021年2月号掲載)
正直な品質、誠実な価格、倫理的な意味を目指して
台所用品から掃除道具、収納用品、家具、家電、文房具、食品、衣類まで。日々の暮らしのなかで「ちょうどいいものがないかな」と思ったとき、無印良品に足を運ぶという人は多いのではないでしょうか。
主張しすぎず、生活にすっとなじみ、丈夫で、使い勝手がいい。そんな品々を生み出している無印良品は、1980年に誕生しました。それから40年。いまやその店舗は日本と世界に1,000以上、アイテム数も7,000を超えています。
けれど、どれだけアイテムの数が増えようと、ひとつひとつの品には確固とした「無印良品らしさ」があります。それはつまり、どれもが「ちょうどいい、ふつうのよいもの」だということです。
そうした品々を生み出す背景には、一体どんな思いがあるのでしょうか。
「無印良品は、そもそも消費社会へのアンチテーゼとして生まれたんです」
そう話すのは、無印良品を運営する会社、良品計画の会長である金井政明さんです。
長年無印良品に携わり、30年近く「無印良品とは何か」を考え続けてきました。
「人の目を気にしたり、自分の持っているものを人と比べてうらやましがったり。40年前、みんながどんどん欲張りになっていく消費社会への危惧からつくられたのが無印良品でした。ブランドものとか流行とか、 “しるし” に追われている世の中から、できるだけ “しるし” を取ろうという思いが根っこにあったんです」
消費社会を象徴するような “しるし” 。それを取り除くため、よけいな機能や装飾を削ぎ落としていった末に生まれたのが、シンプルかつ質がよく、使いやすい生活道具の数々です。
商品をつくる際の土台にしているのが、 “素材の選択、工程の見直し、包装の簡略化” という3つの原則。
素材をむだにしていないか。
よけいな工程を入れていないか。
包装は必要最低限にしているか。
これらは、どんな商品をつくる際にも一貫して意識していることだと金井さんは話します。
「もうひとつ、いつも考えているのが『望ましい生活』とは何かということ。僕たちは『感じ良いくらし』といっています。それを考えるきっかけは、日々の違和感。『こんな生活は感じよくないな』と思ったり、日々、テレビや新聞のニュースに触れながら『なんでこうなってしまうんだろう』と考えたり。そうした感覚がものづくりの大きな原動力になっているんです」
「役に立つ」を大戦略に掲げて取り組むものづくり
暮らしにまつわるものづくりをはじめ、素材のリサイクルやリユース、里山保全活動など、無印良品の活動は多岐にわたっています。それらを貫くのが「役に立つ」という大戦略。人々が困っていることや、社会の課題に対して役立つということです。
どんなふうに役に立つかを考える際の基準として、7つのキーワード があります。
「たとえば “快適・便利の再考” 。売ることだけを目的にすると、どうしても『より快適に、より便利に』という方向にばかり向かってしまいます。でも、それが本当に感じ良いくらしにつながるのか。また、グローバル社会といわれる現代、多種多様な文化がひとつのものさしで測られ、小さな声は無視されてしまう。もっと地域固有の文明を見つめ直し、世界中にある質のよいものを探し出したいというのが “多様な文明の再認識” 。そんなふうに、この7つの項目は『これは無印良品の商品なのか』という見極めの基準であり、あらゆる活動をする際のものさしでもあります」
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7つの「ものさし」となるキーワード
❶ 傷ついた地球の再生
❷ 多様な文明の再認識
❸ 快適・便利の再考
❹ 新品のツルツル・ピカピカでない美意識
❺ つながりの再構築
❻ よく食べ、歩き、眠り、掃く
❼ お互いさまの精神
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そうして生み出されるのが、金井さんいわく「正直な品質、誠実でやさしい価格、そして環境などに対する倫理的な意味を内包している」品々です。
「ここ10年ほどで経済格差が広がり、さらに今年はコロナ禍にも見舞われた。そんななか、より多くの人が “ちょうどよいもの” を買えるよう、価格を見直す努力をしていかなければ」
一方、よけいなものが削ぎ落とされたシンプルなデザインは、発売以来ずっと変わっていない。そんな商品も少なくありません。
「たとえば14年前に発売したティーポットは、いまでもデザインが変わっていないので、ふただけでも買えます。ケース付きのトイレブラシはブラシだけ買うことができるし、アルミハンガーのピンチだけでも買える。こうしたことも、次々と新しいものを売り出していく消費社会へのアンチテーゼといえるでしょうね」
どんなに時代や社会が変わろうとも、「ちょうどいい、ふつうのよいもの」は、変わらないスタンダードとして存在しつづける。そのことは、私たちに「等身大の暮らし」というものを常に思い出させてくれます。
「生活のスタイルが変わっていっても、美意識は変わらずにもちつづけたい。それは『簡素だけれどていねいに、季節を感じながら暮らしたいよね』ということです。その思いをみんなでもちつつ、ものづくりに取り組んでいます」
「簡素でていねいに。季節を感じる、ふつうの生活がうれしい」
水や空気のように、どんな国や地域にもなじむ品々
「簡素が豪華に引け目を感ずることなく、その簡素のなかに秘めた知性なり感性なりがむしろ誇りに思える世界、そういった価値体系を拡めることができれば少ない資源で生活を豊かにすることができる」
無印良品の創設メンバーであるグラフィックデザイナー、田中一光さんが遺した言葉です。
「簡素」は、日本に昔からある美意識。無印良品のものづくりの根底には、意識せずともそうした日本特有の文化もあるはずです。でも、それを発信することはあえてしないと金井さんはいいます。
「『無印良品ってどこの国で生まれたかよくわからない』というふうにしたい。国という “しるし” も取り除きたいんです。いま、無印良品は海外31の国と地域に550店舗を展開していますが、たとえばインドの人もイギリスの人も『無印良品は自分の国で生まれたのかな』と思う、それくらいにしなければならないと考えています。いわば、水と空気のようなものでありたい。これといった特徴はないけれど、必要不可欠で、どの国や地域の暮らしにもすっとなじむような品々です」
“しるし” を取ることへの徹底した姿勢は、一部の商品名にも表れています。
“ベッド” ではなく “脚付きマットレス” 、 “コップ” ではなく “ガラス器” 。使い方を限定せず、使い手に委ねたのです。
「無印良品が誕生した際、消費社会に惑わされず、自分らしく美しく生活する人は必ずいると信じ、その人たちを信用したということですね。いまは当時と違って、海外も含め多様なお客さまがいるので、使い方などの情報発信は昔よりかなり行っています。同時に『文房具コーナーで売っていたこのケースを、我が家ではキッチンの収納に使っている』など、最近ではお客さま自身も情報を発信している。主人公はあくまでも使う人々。僕たちは “素材” を売っている つもりなので、皆さんがそれぞれの使い方をしてくれたらと思っています」
無理せず、少しの工夫や努力で自分らしい暮らしを楽しみたい
コロナ禍以降、自宅でガーデニングをしたり、ものをつくったりする人が増えたという話題も耳にします。
「手を動かす人が増えたのは、素敵なことですよね。最近はSNSなどに時間を費やしている人も多いけれど、それでは本質的には満たされないのでは。我々の “7つのものさし” のなかに、 “よく食べ、歩き、眠り、掃く” というのがあります。人間本来の生活を再認識しようということです。土に触れることや、手で何かをつくることも同じ。そんな活動を続けたいし、その助けとなる商品をこれからもつくりたいと思っています」
手を動かす健やかな暮らしを支えてくれるもの。気負いなく使える「ちょうどいい、ふつうのよいもの」は、どんなときでも、日々の確かな拠り所になってくれるはずです。
「『ふつうの生活がうれしい』、そう思えることが大事なんじゃないかな。自分なりのちょっとした工夫や努力がうれしさにつながるような暮らし。豪華な家やモデルルームみたいな部屋じゃなくていい。ソファに毛布がかけっぱなしでも、多少散らかっていてもいい。大切なのは、自分らしいということ だと思います。無理せず、自分らしく生活を楽しんでいる様子がにじみ出ている。それが “ふつうの生活” であり、美しく暮らすということなのではないでしょうか」
〈撮影/有賀 傑 スタイリング/荻野玲子 取材・文/嶌 陽子〉
金井政明(かない・まさあき)
株式会社良品計画・代表取締役会長。長野県出身。西友ストアー長野(現・西友)から良品計画に転籍。生活雑貨部長として売上の柱となる生活雑貨を牽引し、良品計画の成長を支える。2008年、代表取締役社長に就任、2015年より現職。
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです