(『天然生活』2015年3月号掲載)
母から子へ、受け継がれるおひな様
「気づいたら娘も20歳。ひな祭りという年齢ではないかもしれないけれど、やっぱり幾つになっても、おひな様っていいものですね」
おひな様とともに飾るお花を手際よく活けながら、しみじみと話してくれた谷匡子さん。
かわいらしいいでたちの木目込み人形の立ちびなは、谷さん自身がお母様方の祖父母様から贈られたものです。
そして、谷さんの娘さんにと、受け継がれていきました。
「おひな様自体は小ぶりでさりげないけれど、この佇まいが、なんともいえず愛らしくて。今日は、この子たちが主役なので、お花は控えめに。もちろん桃の花でもいいけれど、その季節のお花なら、何でもいいと思うんです」
大切なのは、そのときの気持ちをそっと添えること、と谷さんはいいます。
お花の種類や名前は二の次。庭に咲いている花やハーブだって、気持ちを込めれば、心を添えれば、立派なお祝いのしつらいになると教えてくれます。
「桃の節句や端午の節句は、子どもの成長を願う一日。だからこそ、お金では買えないものをプレゼントしたいですよね。特別なことをしようと張り切らなくってもいいんです。そのときの気持ちと日頃の感謝を込めて、お花も食事もていねいにすれば、それだけで十分。子どもにもきっと、その思いが伝わると思うんです」
お料理も、ふだんから食べている普通のおかずばかり。でも、器と盛りつけに工夫を凝らし、お花をそっと添えるだけで、たちまち、祝いのテーブルへと姿を変えます。
4人のお子さんをお持ちの谷さんですが、娘さんは、ひとりだけ。唯一だからこそ、ひな祭りには特別な思いがあるのでは?という質問に、すぐさま、「本当は、申し訳ない気持ちでいっぱいなんです」と谷さんは答えます。
「仕事に時間をとられて家事や育児がままならないこともありました。ゆっくりお祝いしてあげられたことなんて数えるくらいかもしれない。でも、娘を思う気持ちは昔もいまも、ずっと同じ。今回の取材を受けたことで、自分が母や祖父母にしてもらったことを思い出すことができたし、実家から古いおひな様を送ってもらい、思いがけず再会できました」
気持ちを込める、心を添える。谷さんがお花を活けるときにたびたび口にするその言葉が、よりいっそう、心に響きました。
お花を添えて、祝いのテーブルに
お祝いの献立は、お赤飯、だし巻き玉子、新ごぼうといんげんの白あえ、菜の花の塩あえ。お赤飯は椿の葉に、おかずはふた付きの器に入れる。
「家族が多くて食べる時間がバラバラなので、ふたがあると便利なんです。保存容器だと味気ないけれど、これなら見た目も美しいし、実用的。おもてなしにもおすすめです」
食卓には、もちろんお花を添えて。主役はお料理なので、ほどよい存在感のあるアレンジに。
実家から贈られたおひな様と掛け軸
今回の取材のことを知り、兵庫に住む谷さんのお母さまが急きょ送ってきてくれた、赤ちゃんびなとおひな様の掛け軸。おひな様は谷さんの父方のお祖母様が手づくりしたもの。掛け軸は、なんと、ご先祖様が手描きしたものだそう。
「何十年も前のものなのに、きれいに取っておいてくれて、母には感謝ですね。思いが詰まったものを受け継ぐことができるのは、ありがたいことです」
身近にある花やハーブに気持ちを込めて
「その季節に手に入るお花なら、何を活けても、おかしいことはないんですよ」
種類や色にとらわれず、好きなものを自由に取り入れてほしいと谷さん。花瓶がなければ手頃な器を使っても。
「難しく考えず、花の頭を鉢に浮かべるだけでもいい。驚くほど簡単だけど、それなりに見えますよ。ハーブや小さな花をくるっとまとめてブーケにしても素敵。娘さんがいる方に差し上げてもいいですね」
〈撮影/砂原 文 構成・文/結城 歩〉
谷 匡子(たに・まさこ)
挿花家。「doux.ce」を主宰し、花と空間をプロデュースする仕事を手掛ける。2015年から東京と岩手の二拠点での活動をスタート。岩手の山で植物を育て、山の自然を創作に生かしながら、“植物の命から受けとる愛” を伝えている。その場所、空間に合わせたスタイリングは、花器やインテリアを含めた一体感をもつと定評が。著書は『四季をいつくしむ花の活け方』(誠文堂新光社)amazonで見る など。
http://doux-ce.com/
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです