• 絵本好きの編集者・長谷川未緒さんが、大人も子どもも楽しめる、季節に合わせた絵本を3冊セレクト。今回は、「旅」がテーマの絵本を紹介します。
    画像: 「旅」を感じる絵本3冊|ずっと絵本と。

    東京では、もう春になったな、と実感する日が増えています。暖かくて、風が吹いて、花粉が飛んでいます。春といえばさまざまなことが連想されますが、今回は「旅」をテーマに選びました。旅に行けなくなって、早1年ですから。

    『ぼくのたび』
    (みやこしあきこ作 ブロンズ新社)

    画像: やさしく、はかない絵は、リトグラフという版画の手法で描かれています。

    やさしく、はかない絵は、リトグラフという版画の手法で描かれています。

    主人公はホテルを経営する「ぼく」。

    ぼくのホテルは、小さいけれど居心地がよく、

    世界じゅうから、いろいろなお客さんがやってきます。

    ぼくは、お客さんから、知らない国の話を聞き、

    ホテルの建つちいさな町のことを話します。

    画像: ホテルはこじんまりとしていて、アットホームな雰囲気。

    ホテルはこじんまりとしていて、アットホームな雰囲気。

    仕事を終え、ひとりベッドに入ると、こみ上げてくるのは「どこか遠くに行きたい」という気持ち。

    大きなカバンを持って、出かける夢の中でぼくは、

    飛行機にのって、行きたい方向へ行き、なつかしい友人をたずねる。

    予期せぬことが起こる瞬間を心の中にしまう。

    画像: ぼくの夢は、カラー。

    ぼくの夢は、カラー。

    夢から目が覚め、いつもと変わらない1日がはじまります。

    お客さんから送られてくる手紙を読んでは、

    ぼくは、旅に行きたい気持ちを募らせます。

    旅って、行きたいと思っているあいだが、いちばん楽しい気がしませんか。実際に行くとなると、準備は面倒だし、行ったら行ったで、早く帰りたいな、なんて思うことも。

    それでも旅に出るのは、見たことのない景色を見て、食べたことのないものを食べて、知らないことに出会いたいから。

    日常を離れることで、自分の輪郭があやふやになって、また形を取り戻す。新しい自分になる。そんな経験がしたいから。

    「ぼく」にもいつか、旅に出かけてほしい。そして感じたことを、教えてほしいなと思います。

    『ラ・タ・タ・タム ちいさな機関車のふしぎな物語』
    (ペーター・ニクル文 ビネッテ・シュレーダー絵 矢川澄子訳 岩波書店)

    画像: まっしろいお姫様みたいにきれいな機関車がこの旅の主役。

    まっしろいお姫様みたいにきれいな機関車がこの旅の主役。

    子どもたちに機関車の話をして、とせがまれた「わたし」は、

    「なに、また機関車のはなしだって? もう、たねぎれだよ!」

    と答えたものの、ふっと、こんな話が浮かびました。

    チッポケ・マチアスと、ちいさな機関車のお話です。

    「さっそくはじめますよ、さあ、ラタタタム!」

    このラタタタムという言葉は、おはなし号の発車の催促なんだとか。

    マチアスは機関車好き。

    ある日、自分用のちいさな機関車を作ることを思い立ちます。

    工場の道具を借りて2週間、そうしてできたのが、小さくて、雪のように真っ白なお嬢さん機関車。

    あんまりかわいくて、きれいなものだから、工場長も見とれてしまい、マチアスから取り上げてしまいました。

    マチアスは自作の空飛ぶ自転車に乗って飛んでいき、お嬢さん機関車は工場長の庭園にちんまり飾られてしまいます。

    ところがこのちいさな機関車は、黙って飾られてなんていません。

    ひょっこり外へ逃れ、汽笛を鳴らして、いさんで道を進んでいきました。

    ちいさな機関車は、自分を作ってくれたマチアス会いたさに、我が道を進んでいきます。でも悲壮感や必死さはなく、好奇心のおもむくまま、というところが素敵。

    ある目的のために歩んでいく、でもその旅は心惹かれるものへの寄り道もあれば、立ち止まることもある。大胆に凛々しく。人生の旅も、そんなふうに進んでいきたいと思うのです。

    『ルピナスさん』
    (バーバラ・クーニー作 かげがわやすこ訳 ほるぷ出版)

    画像: 丘の上に立つルピナスさん。凛として美しい。

    丘の上に立つルピナスさん。凛として美しい。

    海を見下ろす丘の上に建つ、色とりどりの花に囲まれた小さな家に住んでいるルピナスさん。

    ルピナスさんはいまでは小さなおばあさんですが、昔からおばあさんだったわけではありません。

    子どものころはアリスという名前で呼ばれ、海辺の町に暮らしていました。

    アリスのおじいさんは、船の舳先に飾る船首像を彫ったり、海のかなたの知らない国の絵を描いたりしていました。

    アリスはおじいさんから遠い国のお話をしてもらうことが好きで、聴き終わるといつも、「大きくなったら、わたしもとおいくににいく。そして、おばあさんになったら、海のそばの町にすむことにする」と言うのでした。

    画像: のちにルピナスさんとなるアリスとおじいさん。

    のちにルピナスさんとなるアリスとおじいさん。

    おじいさんは、そんなアリスにこう言います。

    「それはけっこうだがね、アリス、もうひとつ、しなくてはならないことがあるぞ」

    「世の中を、もっとうつくしくするために、なにかしてもらいたいのだよ」

    アリスは何をすればいいのかわかりませんでしたが、「いいわ」と答えるのでした。

    大きくなったアリスは、ついに、おじいさんとの約束にとりかかります。

    遠く離れた町の図書館で働き、南の島に行き、それから世界中を旅しました。そして海のそばに暮らす場所を見つけて、素晴らしい暮らしを送るように。

    「でも、しなくてはならないことが、もうひとつある」

    そうです、世界を美しくしなくてはならないのです。

    画像: アリスはルピナスさんと呼ばれる由来ともなったあることを行い、おじいさんとの約束を果たします。

    アリスはルピナスさんと呼ばれる由来ともなったあることを行い、おじいさんとの約束を果たします。

    遠くへ行きたい、あれをしたい、これをしたいと、楽しいことを考えるのは素敵なこと。加えて、世界に何かを与えられる人間になれたならば、最高です。

    『ルピナスさん』を開くと、大人として生きていくことの自由と責任に思いを馳せずにいられないのです。



    画像: 『ルピナスさん』 (バーバラ・クーニー作 かげがわやすこ訳 ほるぷ出版)

    長谷川未緒(はせがわ・みお)
    東京外国語大学卒。出版社で絵本の編集などを経て、フリーランスに。暮らしまわりの雑誌、書籍、児童書の編集・執筆などを手がける。リトルプレス[UCAUCA]の編集も。ともに暮らす2匹の猫のおなかに、もふっと顔をうずめるのが好き。

    <撮影/神ノ川智早(プロフィール写真)>



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