猫、猫、猫はかわいい。そして、賢い。猫を愛する方々に、今日の猫との暮らしをお聞きしました。今回は、イラストレーターの坂本千明さん。全ての猫好きの方のためにおくります。
道行
病院に行くのは人間も猫も等しく嫌なものだ。その付き添いですら、ウキウキと心弾ませる者はいないだろう。
1年前、我が家の姉妹猫の1匹に病が見つかって以来、定期的に動物病院に通い、治療をつづけている。
小さい頃からどこか肝の座ったところのある猫で、通院リュックに入るのも抵抗しないし、ぶるぶると震えたりすることもないけれど、通い始めた頃は診察台の上に足跡がくっきりと残るくらい汗をかき、帰宅すると「あー散々だった!」という顔をするのは今も変わらないので、それが多大なストレスであることはわかる。加えてその病が厄介であるほど私の気持ちも沈む。
それをほんの少し軽くしてくれるのが、病院までの移動手段として利用しているタクシーの運転手さんである。
目的地が動物病院で、私が抱えるリュックの中身が猫だとわかるや、自称猫好き運転手さんたちによる「うちの猫トークショー」が始まるのだ。
「私もね、前に3匹飼ってましたよ。」
「息子が拾ってきた猫でね、仕事が忙しいからってウチに置いてっちゃって、全く困ったもんです。」(その口調からは全く困っている様子はない)
「前の猫が亡くなって、かみさんは新しい猫を飼いたいみたいなんだけど、近所に一人暮らししてる伯母が2匹飼っててね。伯母に何かあったらウチが面倒見なくちゃならないだろって引き止めてます。」
「猫はいいよ。人間みたいに裏切らないもん。」(この後前職の愚痴につづく)
「で、その(リュック)中にいるのはご子息? それともご息女?」
中には信号待ちの隙に、リュックのメッシュ窓越しに猫と対面し「ヨオ! 元気か?」と声をかける人もいた。元気じゃないから今こうして病院に向かっているのだが、と思いながらもつい笑ってしまった。
なぜかタクシー運転手さんには動物好きが多いように思う。そして皆、その話をしたくて仕方がないという風に見える。
完全個室空間とはいえ、ついさっき初めて会ったばかりの短い道行、猫が好きというだけで、年齢や性別、乗務員と乗客という関係すら一時忘れたみたいに、会話が弾んでしまうのが毎度不思議だ。
しかし、いつも楽しい話ばかりとは限らない。時にタクシーは、瀬戸際にいる小さな命も運ぶ。
「夜中にね、ずいぶん遠くの病院だったなあ。バッグの中でつらそうに鳴いてね」
しみじみ振り返る運転手さんもいた。その時、車内を占拠したであろう重く張り詰めた空気は、私にも心当たりがあった。
ある夜、不調を訴える先代猫を抱え、自宅近くの大通りでつかまえたタクシーに飛び乗った。目的地はネットで見つけたばかりの夜間診療を受け付けてくれた病院。猫はすでに主治医から告げられた余命の期日も過ぎ、一日一日正の字を刻むように過ごしていたので、たった15分ほどの道のりが何倍にも長く感じられた。
幸い大事には至らなかったものの、診察を終えたのは深夜2時近く、病院前の街道を走る車も少なく、私は猫を抱え、家の方角に向かってトボトボと歩いた。ようやく1台だけ通りがかったタクシーが止まってくれて、これで家に帰ることができるという安堵と、もうそう遠くない猫との別れを悟った悲しみもろとも乗り込んだせいか、復路の記憶はあまりない。
通院の度、私が運転手さんと楽しく話して、へらへらと笑ってさえいれば、リュックの中の猫も少しは安心してくれるかもなんて都合よく考えたりもするけれど、本当のところはわからない。でもわからないままでいい。私の役目もまた、人間に比べたら短いその生涯の出発地から目的地まで、猫を送り届けることなのだ。
坂本千明(さかもと・ちあき)
イラストレーター。青森県出身。黒猫姉妹(煤・墨)と東京在住。
紙版画の技法を用いて、書籍の装画などを手がける。
著書に『退屈をあげる』(青土社) amazonで見る 、絵本『おべんとう たべたいな』 amazonで見る 、『ぼくはいしころ』(共に岩崎書店) amazonで見る などがある。
『ぼくはいしころ』原画展を各地で巡回中。詳細はブログにてご確認ください。
ブログ:https://sakamoto5.exblog.jp/
Instagram:@chiakisakamoto