いつまでも傍若無人に振る舞い続ける有頂天なエミューちゃん
エミューちゃんが育雛箱を完全に卒業した。
これまで、エミューちゃんは自力で体温を維持することが十分にできなかったため、夜は温度管理がされた育雛箱の中で眠っていた。
「これで、夜鳴きから解放されるぞ」
私はホクホク顔でにんまりした。エミューちゃんは育雛箱にひとりにされるのが嫌いで、夜、育雛箱に入れるといつまでも暴れて鳴き続ける。
そのままではエミューちゃんの体力が奪われてしまうため、私は毎日エミューちゃんの寝かしつけをしていた。結果、私のほうが重度の睡眠不足に陥り、意識朦朧の日々を過ごしていたのだった。
季節は春。山の中にある我が家は寒く、幼いエミューちゃんを暖房なしの部屋に放置することはできない。早速、エミューちゃん用の部屋を用意し、エアコンをとりつけた。湿度が高く、部屋がカビくさい気がしたので業務用の除湿機と空気清浄機も設置した。
当時、私の家には冷蔵庫も洗濯機もお風呂もなく、私自身は文明から遠く離れた生活を余儀なくされていたのだが、エミューちゃんの部屋だけは最先端のテクノロジーによりどんどん快適になっていった。除湿機とエアコンと空気清浄機の力で、じめじめした雨の日も、部屋の中はハワイの朝みたいな爽やかさだ。
「ピピィィ~!!!!」
エミューちゃんは嬉しそうに部屋を駆け回っている。いつでも広い部屋を自由に走り回れて、いつでも私がそばにいて添い寝してくれる……。自分の夢がすべて叶ったといっていい状況に、エミューちゃんは有頂天だ。
私も、エミューちゃんのおかげでハワイみたいな爽やかな部屋で、きれいな空気の中で生活できるようになった。幸せすぎる……。爽やかな部屋で、ぐっすり眠れる暮らしが訪れるんだ……!
期待に胸を膨らませて育雛箱を物置に入れた次の日。私の期待はあっさりと裏切られた。
エミューちゃんは、ちっとも私を寝かせてくれなかった。夜寝る時に添い寝をしつこく要求し、私の周りをグルグル回ってピィピィ鳴き続ける。そして一度寝ても、私が一瞬でも動くと目を覚まし、また激しく鳴き始めるのだ。
「完全にワンオペ育児のシングルマザー状態じゃないですか!」
状況を聞きつけた友人たちが手伝いに来てくれることになったのだが、みんな一晩あけるとゲッソリした顔で帰っていく。
「夜、三十分おきに起こされて、育児うつになる人の気持ちがわかりました」
「子育てって、これが毎日なんですよね。私には子育て無理です」
私がエミューちゃんのお世話を頼んだばっかりに、日本の少子化が加速してしまった……。
動物の扱いに慣れている人ならエミューちゃんの傍若無人にも耐えられるかもしれないと思い、動物のプロを招聘した。彼は、自宅で豚一頭を丸呑みする巨大なニシキヘビやワニを飼っており、それに比べれば扱いやすいだろうと思ってお願いしたのだけれど、それでもだめだった。
「一日ならいいけど、自分で飼うのはちょっとないなあ」
「こんなにかわいいのに!? 凶暴ニシキヘビより飼いやすくないですか?」
「ヘビはこんなに騒がないし、エサも月に一度で大丈夫だからねえ」
悔しい……!! こんなに可愛いのに……!!
私が寝転んで悔しさを噛みしめていると、エミューちゃんは私の胸もとにもぐりこみ、ごきげんそうに「フィフィフィフィ」と鳴いた。
〈撮影/仁科勝介(かつお)〉
砂漠(さばく)
東京生まれ東京育ちの山奥に住むOL。現代社会に疲れた人々が、野生の生活や異文化に触れることで現実逃避をする会を不定期で開催。ユーラシア大陸文化が好き。現在はエミュー育てに奮闘中。Twitter:@eli_elilema note:https://note.com/elielilema