迎え入れて9カ月後、“実子”となりました
特別養子縁組は、養子となる子を6カ月以上監護したうえで、最終的には家庭裁判所がこれまでの監護状況も考慮して、その決定の可否を下します。
このとき、生みのお母さんが心変わりをして「やっぱり育てます」となれば、養親がお子さんをこのまま育てていくことは叶いません。
セキさんは、迎え入れて9カ月が経ったころ、裁判所に申し立てを行いました。そうして、あの小さくて天使のようだと感じたかわいいかわいい赤ちゃんは、セキさん・清水さんの実子として、“長女”として、戸籍にも刻まれました。
成長していくにつれ、ちょっと困った問題も……
さて、セキさんの1日はというと、相変わらず赤ちゃんのお世話に忙しい、でも変わらずにとても幸せな日々です。
日ごとに成長を遂げる長女は、「1歳にはひとり歩きをするようになって、とてもじゃないけど家の中にはいられないぐらい活発で」とセキさん。長女の活動範囲が広がっていくにつれ、公園のほか、子育て支援センターなど、おもちゃのそろった公共の屋内施設に親子で出かけることも増えていきました。と、ここでセキさんに悩ましい問題が発生。
「とっても活動的な長女は、自分も遊びたい!と思う気持ちのままに、ほかの赤ちゃんやお子さんが遊んでいたおもちゃを取ってしまうんです。まだ言葉も交わせない赤ちゃんだからしょうがないことだし、そういうやり取りを通して互いに学びながら成長していくとも思うのですが、いろいろな方が利用される公共の場では『ごめんなさい』と先方に謝って、そのおもちゃをお友達に返すしかありません。
長女の性格だと、室内の遊び場ではどうも持て余してしまう、困ったなあとぼんやり思っていたときに、その施設に勤めている方に、近くのプレーパーク(冒険遊び場)を教えていただきました。そこで、屋外で行われている“自主保育”という活動があることを教えてもらったんです」(セキさん)
子どもが主体、親は徹底して見守る“自主保育”という活動
“自主保育”(※)というのは、親が交代で当番に立って子どもを見守りながら、一緒に子育てをしていく取り組みのことで、団体によってもその特徴はさまざまです。
※ ”共同保育(所)”という、親が共同して保育の運営にあたる形態もありますが、ここで説明している自主保育とはまた、異なります
セキさんが参加しはじめた自主保育の集まりの主な特徴は、
○ 活動場所は、常時屋外(荒天の場合例外あり)
○ その日どこで何をやりたいかは、子どもが決める
○ 1歳〜3歳までは親子で、活動時間内に自由に参加
○ 年少以上は活動時間を9:30~14:00までとし、弁当持参で子どもだけで参加
○ 親は週2~3日ほどの当番制で子どもを見守る(3人の子に対して1人の大人)
○ 大きな怪我につながること以外、子どものやりとりに大人は必要以上に口出ししない
○ 当番は、活動終わりにその日にあったこと、子どもの様子を詳細に報告する
というもの。
どこからの支援や補助も受けずに、あくまでも自主的に集まった同志が、個人の責任と意思のもとに活動している団体でしたが、世代を経て引き継がれながら、かれこれもう40年以上の歴史があるというから、驚きです。
先のプレーパークを教えてくれた方も、ここで自主保育を経験した先輩お母さん。ほかにもOBの方がいっぱいいるわけですが、こちらから相談を持ちかければ気持ちよくのってくださるものの、その方々から「こうしたほうがいい」「あれはダメ」などと指導が入ることはありません。
あくまでも、現在参加している人たちが主体となり、何か問題が発生すれば、自分たちで考え、話し合って解決するという、自主性の高い活動です。それは、参加者の互いの信頼がベースにあり、さらに子育てへの基本的な考え方が一致しているからこそ成立する、きわめて成熟した、自由で平等な世界のように私には思えました。
セキさんは、見学・体験を経て、長女が1歳2カ月なった頃から参加しはじめました。まずは親子で、3歳を過ぎてからは、お弁当を持って一緒に活動場所まで行ったら、セキさんが当番の日以外はそこでお別れ。セキさんは家に帰り、14時ごろにお迎えに行くという毎日です。
「子どもたちが、『落ち葉拾いをしたい!』と言ったら一緒にして、でも、『あっちの遊具で遊びたい!』という子もいる。その場合は、グループを分けて、子ども3人に対して大人は1人というルールだけは徹底して、なんでも子どもたちがその日にやることを決める活動でした。雨の日も風の日も屋外だから、親は結構大変なんですけどね。ケンカも、素手でやりあっているときは、基本的には子どもたちが自分で解決できるように大人は口出しをせず、その様子を見守ります。
自分の子どもを見るときが一番難しいんです。いじわるしちゃったときも、されちゃったときも、ついつい口を出してフォローしたくなります。でも、じっと我慢。子どもの様子は毎日、当番のお母さんが詳しく報告するので、みんな、自分の子以外のほかの子どものことも含め、性格や互いの関係性などよく理解していましたよ。
そして、そういう報告を毎日聞いていると、面白いことに、時間が経つにつれてその内容が変化してきます。例えば、リーダーみたいな子が必ず1人いるんですが、リーダーは新しく入ってきた子に当たりが強いです。最初はいじわるしちゃったり、仲間外れにしていたり、そんなことが報告されます。でも、時間が経つと、段々と変化していって、仲間と認めるようになってくる。そしてあるときからは、仲良く遊ぶようになるんです」(セキさん)
この経験は、リーダーの子にとっても新入りの子にとっても、自分の手で世界を切り拓いたという感覚を、きっと心に、体に、小さく刻んだことでしょう。
いくえにもこういった日々の体験が積み重ねられることで、この先何か問題が発生したときでも、自分自身で解決する力を、転んだときに自分だけで立ち上がる力を、養ってくれるはず。セキさん自身はこのときの経験を、「自分の子はもちろん、ほかの子どもたちも含めて、本当に子どもに対して正面から向き合った」と話します。
自主保育が、そのときの仲間が、大好きな長女は、この秋、1年以上ぶりにその仲間たちに会いに行ったそう。
きっとセキさんはじめほかの親御さんたちも、かつて真正面から向き合った子どもがまた一段と大きく成長していることに目を見張ったことだろうと、その様子を想像して胸が温かくなりました。
次回は、しばらくは休んでいたお仕事について。育児と仕事のバランスについてをお聞きします。
〈撮影/高橋京子(1、4、5、6枚目)、前田景〉
遊馬里江(ゆうま・りえ)
編集者・ライター。東京の制作会社・出版社にて、料理や手芸ほか、生活まわりの書籍編集を経て、2013年より北海道・札幌へ。2児の子育てを楽しみつつ悩みつつ、フリーランスの編集・ライターとして活動中。