食材選びも発酵も、自分の感覚を大切に
東急田園都市線「藤が丘」駅から、けやき並木を数分歩いた先に見えてくる小さなパン屋さん「ベーカリー アベ」。店主の阿部将史さんは、フランスパンの名店「ビゴの店」鷺沼店でシェフを務めた実力派で、2016年に自身のお店をオープンしました。パンの製造を担うのは、ほぼ阿部さんおひとり。それでも朝早く、7時30分から店を開け、地元の人の暮らしを支えています。
店に並ぶのは、本格派のハード系パンから、日本の菓子パン、お惣菜系までと幅広いラインアップ。旬の野菜や果物を使ったパンも魅力的で、たとえば春は桜あんとマスカルポーネのサンド、梅の時期は梅のデニッシュ、夏はレモンコルネ、秋から冬にかけては、サツマイモ、かぼちゃ、栗、イチゴ、きんかんなど、旬の素材を贅沢に使ったパンが並びます。
毎年10月頃、紅玉りんごが出回る時期になると店頭に並ぶのが、「りんごのデニッシュ」です。紅玉りんごをほぼ一個分使う、りんご満載のひと品で、自家製りんごのコンポートと、さらにその上にスライスした生のりんごをのせて焼き上げたもの。クリームはあえて入れず、甘さ抑えめ。生のりんごのきりっとした酸味とコンポートの控えめな甘さが溶け合い、りんごそのもののおいしさが満喫できます。
「玉ねぎとツナのデニッシュ」も、玉ねぎの濃い味が楽しめる大人気の品で、中には、厚さ1cm以上もある玉ねぎの輪切りが。「口の中がおもしろいでしょ」という阿部さんの言葉どおり、玉ねぎはみずみずしく、シャキシャキ。甘さを引き出した玉ねぎとツナ、チーズの相性のよさはいうまでもありません。
「長く定番でやってる商品で、つくるのにちょっと飽きてしまったんだけど、これが店に出ていないとお客さんが残念がるので、続けています。最初は新玉ねぎを使っていたんですけど、普通の玉ねぎのほうがおいしいことに気がついて。新玉ねぎだと、シャキシャキではなくねっとりしてしまい、熱を通すと甘くはなるけど、生地の甘さと同化してしまって、ちょっと違うなと」
どのパンもとてもおいしく、材料もさぞかしこだわっているのかと思ったのですが、「小麦粉も副材料も、特別なものは使っていません。保存性を高めるものなど余計なものを使わないとか、当たり前のことをやってるだけです」という阿部さん。
野菜や果物は、スーパーで購入することも多いそうですが、実際に食べて納得したものしか使いません。「スーパーのものがおいしくなければ、農園から取り寄せる。でも、農園から取り寄せてもおいしくないことはあって、その場合は取るのをやめます」と話します。
酵母はイーストを使うほかに、ライ麦から自家で起こしたルヴァン種を使って焼き上げるパンもあります。「パン・オ・ルヴァン」がそのひとつ。
「やり始めた頃は、もっと皮がゴツゴツしていて、全然売れなかったんです。でも、小麦粉を変えたりして、食べやすいものに変えていった。ゴツゴツしているほうが僕は好きだけど、やっぱりそうもいってられないでしょ。自分の満足いくものと、お客さんの喜ぶものとのぎりぎりの間でつくっているというか」
そんな葛藤の中から生まれた「パン・オ・ルヴァン」は、食べてみると、マイルドな酸味と粉のうま味が調和するやさしい味わい。何度も食べたくなるおいしさで、朝食にはもちろん、料理に合わせるのにもぴったりのパンでした。
製法に関してお聞きすると、「材料と同じでとくにこだわりはない」とあっさり。「作業性をよくしようとしたり、自分たちの都合に合わせて生地をつくったりするとか、そういうことをしなければある程度おいしいものはできますよ。価格の高い小麦粉を使えば、おいしくなるかもれないけれど、一番大事なのはそこなんです。自分の感覚で発酵時間を見極めるとか、そういうのを大事にしているだけで、普通のやり方を忠実に守っているだけです、バカみたいにね」
使う食材はどこで手に入れるかではなくて、実際食べてみて、おいしければ使う。おいしくなければ、使わない。製法も、自分がおいしいと感じる感覚を大切に、あとは基本のやり方を忠実に守るだけ。効率を追わない。「当たり前のことをやっているだけ」というものの、それらはずっと難しいことのように思えました。だからこそ、「ベーカリー アベ」のパンは特別な味わいがするのかもしれません。
<撮影/林 紘輝 取材・文/諸根文奈>
ベーカリー アベ
045-532-8326
7:30~売切次第終了
月休み ※不定休(おもに火曜日。SNSにてお知らせしています)
神奈川県横浜市青葉区柿の木台3-20
最寄り駅:東急田園都市線「藤が丘駅」
https://www.instagram.com/bakeryabe/?hl=ja