2人目の天使は、ダウン症候群でした
長女は元気にすくすくと育ち、自主保育の場では元来のやんちゃっぷりをぞんぶんに発揮。晴れの日も雨の日も風の日も、屋外で泥だらけになって遊ぶ日が続いていました。そんな彼女が2歳半を過ぎた頃、NPO法人から2人目の希望を確認するアンケートが届きます。
「いずれ長女にきょうだいができるといいなあ」と考えていたセキさん。“YES”の返事をしなければと思っていた矢先に、先方から1本の電話がかかってきました。
「2人目はお考えですか? ダウン症(※)の子がいますが、私たちは、ぜひセキさんのところで育ててほしいと思っています」
セキさんが所属する団体に関わらず、特別養子縁組制度において、養親がお子さんの、性別・健康状態・国籍を選ぶことはできません。でもそれは、国籍に関しては違うものの、自身が妊娠して出産する場合も同じこと。女の子か男の子か、体が大きいか小さいか。双子が産まれてくるかもしれないし、病気や障がいを持って産まれてくることもありえます。
セキさんは、その電話口ですぐに「喜んで受け入れたい」と答えました。
セキさんの心は固く決まっていたものの、おそらくこれまでさまざまなケースを経験しているであろうNPO法人からは、「ご両親含め、ご家族とよく話し合ってから決めてください」と言われました。
長女のときはすぐに返事をしなければなりませんでしたが、このときは1週間ほど時間をもらえたそうです。
夫の清水さんはというと、とても驚き、「果たして自分たちに育てられるのだろうか」と迷っていました。
互いの両親にも話しましたが、親たちからは「本当に大丈夫なのか? ちゃんと一生その子を守ることができるのか? その覚悟はあるのか?」と幾度となく聞かれたそうです。
それでもセキさんの気持ちは揺らぐことはありませんでした。
「親たちから言われたことで、責任感をより強く持つようになりましたね。いま思えば、私たち夫婦がきちんと覚悟するために、そして私たちに育てられることになる長男の幸せのためにも、何度も口を酸っぱくして言ってくれたのかもしれません。
夫は夫で、ダウン症に関する本を読んだりして彼なりに勉強していました。心臓疾患の合併症を持って生まれてくる子が多いことや、幼い頃から手術を繰り返す子もいることを夫は知りました」(セキさん)
※ダウン症候群とは
21番目染色体が1本多いために発症する先天性の疾患。親からの遺伝とは関係のない場合が多く、約1000人に1人の割合で産まれてくると言われている。筋力が弱く、全体的にゆっくりと発達・成長をする。
「知らないから、怖くなる・不安になる」
障がいに対してネガティブに捉えてしまう感情は、誰しもあるのではないかと思います。
自分に置き換えて考えたとき、
「おそらくより大変になるであろう育児を、自分ができるだろうか」
「苦労が重なる状況になったとき、果たしてその子への自分の愛情が変わらないだろうか」
「社会に出たときに彼が苦労をしないだろうか。可哀想な思いをしないだろうか」
「いまの我が家の経済状況で、お金は大丈夫なのだろうか」
「私たち夫婦が年老いて体が不自由になったとき、彼は社会でやっていけるだろうか」
脳みその中はあっという間に不安で充満し、2人目を授かったという喜びを覆い隠してしまうほどかもしれない、と思いました。
電話をいただいたその場ですぐに「受け入れたい」と返事ができたセキさんを、心の底から素敵だなあと尊敬し、自分もそうありたいなあと理想では考えるものの、次から次へとあらゆる不安が湧き上がってくるだろうことも、また、偽ることのできない正直な気持ちでした。
でも、セキさんのお話を聞き進めていくと、セキさんが即答できる理由が、ちゃんとあることに気づきました。それは、ダウン症の子がどんな子たちか知っていたということ。
彼らたちと触れ合った経験があり、もちろん個人差はあるものの、彼らがとってもハッピーでユニークで、そしておおらかな人間性を持ち合わせていることを、セキさんは実体験から知っていました。
「ダウン症の方たちが通うアート教室、アトリエ・エレマン・プレザンで彼らと出会ったのですが、なんてかわいい子たちなんだろうと感激したことを、いまでもしっかりと覚えています。また、Salviaでは、商品の制作を、障がいを持つ人たちにお願いしていたこともあります。彼らがどんな人たちか知っていたら、そんなに恐れることはないんです。知らないということが、恐れを、不安を生み出します」(セキさん)
彼らとの触れ合いを通して、セキさんが「なぜかわからないのだけど、気が合うなあ」と感じていたことも、迷いなく返答した理由のひとつでした。
そうして、夫も、互いの家族も、みんなが納得し、みんなが覚悟を決めて、最終的には大喜びで長男を迎え入れました。障がいのこともあって、長男がセキさんの家にやってきたのは、生後2カ月を過ぎた頃。突然やってきた赤ちゃんに戸惑いながら、ヤキモチを焼きながらも、懸命にかわいがる長女。大きく成長したいまでは、誰が見てもすっかり仲良しのきょうだいです。
そんなふたりの様子を見て、心から「ああ、よかったなあ」とセキさん。「これから成長して、親には相談しにくいときにも、また特別養子縁組制度について複雑な感情が芽生えてきたときにも、きっときょうだいがお互いの助けになってくれるはずだろう」と続けます。
最後に、セキさんに教えていただいた絵本を紹介させてください。
思えば恥ずかしがなら、私は症状の名前とお顔の特徴しか、この障がいについて知りませんでした。セキさんに教えていただいた“不安を取り除く、「知る」という方法。私はこの本からダウン症を「知る」ことができました。
次回は、真実告知について。
〈撮影/前田景〉
遊馬里江(ゆうま・りえ)
編集者・ライター。東京の制作会社・出版社にて、料理や手芸ほか、生活まわりの書籍編集を経て、2013年より北海道・札幌へ。2児の子育てを楽しみつつ悩みつつ、フリーランスの編集・ライターとして活動中。