「選書カルテ」から始まる「一万円選書」
― これまで読まれた本で印象に残っている20冊を教えてください。 |
― これまでの人生で嬉しかったこと、苦しかったことは? |
― 何歳のときの自分が好きですか? |
― 上手に歳をとることができると思いますか? もしくは、10年後どんな大人になっていると思いますか? |
― これだけはしない、と決めていることはありますか? |
― いちばんしたいことは何ですか? あなたにとって幸福とは何ですか? |
―そのほか何でも結構ですので、あなたについて教えてください。ゆっくり考えて書いてみてください。 |
これは、僕が「一万円選書」をするときに、お客さんに書いてもらっている「選書カルテ」の内容です。
その方にぴったりの本を選ぶためには、人となりを知る必要があります。お医者さんが患者さんを診察してカルテを書くように、僕もカルテを通してお客さんを知り、オーダーメイドの選書をするのです。
お客さんの中には、数ヶ月の時間をかけて何十枚にわたって、この「選書カルテ」を書いて届けてくれる方もいます。僕はその「選書カルテ」をもとに、たったひとりのために、読んでほしい本を10冊ほど、一万円分選んで送っています。
北国の小さな書店から。
履歴書じゃわからないこと
この選書カルテは、自分と向き合うこともそうなんだけど、自分をさらけ出さないと書けないんですね。その点、ちょうどいいことだと思うんです。
僕が北海道の田舎に暮らしているということは。きっと一生涯会わないだろう、会ったとしても北海道に旅行に来たときなんかに、お店で立ち話をするくらいの関係性でしょう?
近しい人や知り合いにこのカルテの質問を聞かれたら、真正面から答えるのは恥ずかしいじゃないですか。本棚を見られるのも嫌ですよね。でも遠い北国の本屋のおやじなら、個人的なことをどれだけ好き勝手書いても周囲に広まることもないし、大丈夫って思えるんでしょうね。
そんなわけで多くの人が、自分をさらけ出してあふれんばかりの思いを綴ってくださる。もちろんさらけ出していない人もいるんですが、行間から伝わってくるものもあるんです。「私は幸せでしょうがない」って書いてあるのに、子どものことは書いてあっても、夫のことは一切書いてなかったりして。これは何か匂うぞってね。
中には、何十枚も書かれる方もいて、読むだけで1時間近くかかっちゃうこともある。
直接お会いしたことのないお客さんのカルテを読んでいて感じるのは、「自分のことをわかってほしい」という切実な気持ち。自分はこういう人間なんだ、こういうことがしたいんだ、これが嫌いなんだ。岩田さん、聞いてくださいよ、わかってくださいよ、って。悲痛な叫びのようにも聞こえます。
僕、この選書カルテの対極にあるものが「履歴書」だと思うんです。学歴や職歴を並べて、取り繕った言葉で書かれた志望動機を見ても、その人のことなんて何ひとつわからないでしょう? 履歴書より選書カルテのほうが、よっぽどその人のことがよくわかります。
選書カルテに映し出されるのは、それぞれの人生。本当に一人ひとり、別々の人間です。誰一人として同じじゃない。でも、社会に出れば、おまえの代わりなんていくらでもいるって、時間あたりの単価を下げられちゃう時代でしょ? 自尊心が削られちゃうよね、どんどん。僕にもそういう時代があったから、よーくわかるんです。その悔しい気持ちが。
「過去の僕」のような人に向けて
20代、30代、その後も僕は失敗ばかりしてきました。何をやってもうまくいかず、それを他人のせいにして世を恨んでいたのです。
成果が出ないことに「おまえの代わりなんていくらでもいる」と烙印を押されたようで、腹が立って腹が立って、腹が立ってね。店番をしていた30代の頃、托鉢しているお坊さんが店に入ってきて、キリっと僕の顔を見て、紙に大きな丸を書いてくださったことがあります。「丸くおなりなさい」って。
それくらいイライラして、文句ばっかり言っていたんです。周りはずいぶん迷惑を被っていたでしょう。
一万円選書でみなさんのカルテを読んで人生を垣間見ていると、「過去の僕」のような人に出会うんですね。イライラして、いつも誰かにケンカをふっかけようとしているような。そんなときは過去の僕に読ませたい本を選びます。
そうしていま、もがいてもがいて人に散々迷惑をかけてきた過去の自分の経験も無駄じゃなかったと思えるんですから。人生は、敗者復活戦。たとえいまが下り坂でも、ある日突然花園が現れることがある。でも下っている最中は、そんなことには気づけないし、ひたすら苦しい。そうやって追い詰められているときは、話を聞いてもらうだけでも楽になるはずなんです。
だから僕はお客さんに、カルテに自分のことをたっぷり、ゆっくり書いてもらう。そしてカルテを読むことで、その人の話をただ聞くんです。
後輩の心療内科の先生に、「岩田さんがやっていることは僕らの仕事と同じですね」って言われました。心療内科では、患者さんの話を聞くことがメインの仕事らしいんです。そうでしたか、大変でしたねって。もちろん重症な場合は、薬を使うこともあるんだろうけど、話を聞く過程で患者さんは心に抱えている重荷を下ろして、自らの力で回復していくようなんです。
たしかに、選書カルテを書くことで、自分の傍にいた「もうひとりの自分」が立ち上がってくることがあります。つまり、自分自身を客観的に見られるようになる。僕は何も言わないんだけど、お客さんにとっては、選書カルテを書き出すこと自体がセラピーになっているのかもしれません。
岩田 徹(いわた・とおる)
北海道砂川市のいわた書店の2代目社長。その人の詳細なカルテを基に選んだ、一万円分の本を送るサービス「一万円選書」が評判の本の目利き。
北海道砂川市西1条北2丁目1-23
☎0125-52-2221
https://iwatasyoten.webnode.jp/