コロナ禍に改めて考えた、木を植えることの大切さ
春になると、20年まえに植えたさくらんぼの木がうつくしい花を咲かせます。やがてその花がさくらんぼになるのが5月の連休のころです。
かぞくだけではなくてちかくに住む子どもたちが木登りして、まるで赤い宝石ルビーのように、かがやくさくらんぼとりに夢中になります。たぬきやハクビシンや野鳥たちもついばみにきます。
このさくらんぼの苗木はたった5百円でした。でもいままで20年のあいだにとれたさくらんぼはすごい量です。お金にしたらどうなるのだろう。
子どもとつくったさくらんぼケーキや、うたをうたう友だちといっしょにとったかごいっぱいの、さくらんぼの思いでもたくさんあります。ただ木を植えるだけで、さくらんぼのおくりものはみらいへとつづき、くる年もくる年もみのりゆたかな自然のめぐみをうけとることができるのです。
ゆたかなみらいのためにだれかに期待するより、木を植えるほうがずっと気もちが楽になります。なによりみらいのくらしと、いまここにあるくらしに安心をもたらすことができるからです。
いまの政治とあべこべな、木のあたたかな自然のおくりものには、無償の愛情を感じます。
木を植えるのは、みらいへ、くらしを紡ぐしごとです。果樹だったらおおきく育ち、花を咲かせ、かならずみのりをもたらすと信じることができます。
信じられない政治にがっかりすることがおおいいまの不誠実な社会にあって、木を植えるのは、たしかでゆるぎないもの。資本主義のあとの社会は、太陽とみどりがつくる資本論だとおしえてくれます。
しごと場のまえに植えたけやきの木を子どもが幼いころかぞくの木と名づけました。
木登りやハンモックをつって遊ぶと折れるかと心配でした。けれども子どもたちは、すでに33歳と25歳になりました。気づくとかぞくの木はおおきくなり、見あげるほどに育ちました。
いまはその木のうつくしさや神聖さにみんながおどろきます。
種まきした、どんぐりの木
けやきはわたしとの時間をともに生きるかぞくのような存在。わたしにとって、けやきとともに生きるのは、楽しみでありしあわせでもあるのです。
なにがしあわせって、木を植え、まいにちその木にふたつの手で触れるうちに、木と心が通いあうようになって、木が神さまのようになるのです。
もうひとつ、わすれたころに、おおきな木になっていたどんぐりの木のおはなしをしましょう。
村でいのししを獲る猟師の晴一さんは、いのししのえさのどんぐりの木が山になくなっていると、いつも、なげいていました。
若いころ、山できこりのしごとをしていた晴一さんは生前、どんぐりを植えようと若者たちに訴えていました。亡くなって3年がすぎたころ、そういうこともすっかり、わすれていました。
ある日、わたしはふとしごと場のまえの花壇をみつめていて、おどろいてしまいました。なんとそこには3年まえに晴一さんが種まきしたどんぐりが1メートルにも育っていたからです。晴一さんが、木になったかのように感じました。
そのどんぐりの木は、いま晴一さんと名づけられ、ブータン畑のよこっちょにいます。
どんぐりの木に生まれかわった晴一さん。晴一さんのつれあいのやえちゃんとは好きなものが似ているから気があって、よく話します。
このあいだは、晴一さんはお金にはむとんちゃくだったときかされました。でもたべてゆくのに困らんひとだったと。いまの社会で、おおくのひとはお金がないと「たべるのに、困る」けれど。
晴一さんは山は宝じゃとよくいっていました。山のなかにはいのししが生き、野鳥も生き、日本みつばちが生き、たべものがいっぱいだと。
山で日本みつばちのはちみつを採り、いのししを肉にする、田んぼでお米をつくり、畑で野菜をつくる、にわとりを飼う。しごとでお金を稼いで買うのではなく、たべものをつくるしごとをする。
晴一さんにとって、しごととはお金になることより、たべものを得ることだったのです。
いまは、わたしも展覧会やワークショップがひらけず、不安になります。このようなときこそ、こころがおちつくようにつぎの時代へとつながる木を植えましょう。
〈文/早川ユミ 写真/きょう・よく〉
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早川ユミ
布作家。ちくちく、畑、ごはん、ときどき旅。高知の山のてっぺんに暮らし、ちいさな果樹園と畑を耕す。日本みつばちを飼い、はちみつの自給自足。著書に『くらしがしごと 土着のフォークロア』(扶桑社)、『種まきノート』『種まきびとのものつくり』『種まきびとの台所』『旅する種まきびと』『野生のおくりもの』『早川ユミのちくちく服つくり』(すべてアノニマ・スタジオ)、『種まきびとのちくちくしごと』(農文協)、『からだのーと』(自然食通信社)、『ちいさなくらしのたねレシピ』(PHP研究所)、『畑ごはん(文化出版局)など。
高知の山間で暮らす、布作家の早川ユミさん。畑を耕し、果樹を栽培したり日本みつばちを育てたり、自然ととも暮らしています。パンデミックのなかで、2022年のコロナの時代を、どう生きていくべきか。私たちは大きな時代の変化のなかを生きています。自分で食べるものや着るものは自分の手でつくり、暮らしを自給自足に。高知の山のうえから、「くらし」と「しごと」について深く考察し、分かりやすいことばで綴る1冊。高知の里山の暮らしを記録した美しい写真と、躍動感あふれるイラストとともにお楽しみください。
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HP「種まきびとのくらし」
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YouTubeチャンネル「種まきびとチャンネル」
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NHKの国際放送「NHK WORLD 」の「Zero Waste Life」特集で、早川ユミさんの暮らしが取材されました。オンデマンドで無料配信中です。ぜひご覧ください。
Handmade Green Living - Zero Waste Life | NHK WORLD-JAPAN On Demand
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