ロンドンの猛暑に、刻まれた記憶
今年の夏、欧州は熱波に襲われ、イギリスのヒースローでも観測史上初の40℃超。各地で山火事が起きるほどの災害になりました。夏でも湿気がないからでしょうか(他の理由もあるでしょうけど)。
本来、イギリスの夏はロンドンでも涼しいんです。25℃前後。最高気温が、です。
ただロンドンに私がいた夏、一度だけ30℃超えをしたことがありました。もうその日のトップニュースです。ヒースローがイギリスの最高気温、確か36℃超だったと思う。
その日、たまたま私、病院に行ったので、よく覚えているんです。
GOSHと呼ばれる世界でも屈指の小児病院。ピーターパンの作者がその著作権を贈与したことでも有名な病院らしく、入口ではピーターパンの銅像が出迎えてくれます。
友人(在英の日本人)から、彼女の息子が、生まれつき腎臓が悪く、残された道は移植しかない、という話を聞いたからです。彼女の腎臓を移植したものの、うまくいかなかったんだという。父親のほうは完全に不適合。
日英ハーフで、すごく素直でかわいいんです。何度か会ううちに、「私の腎臓が合えば、半分あげたい」と思い立ちました。
その日は、適応するかどうかの検査日でした。イギリスは国民の医療費が無料。私のような外国人でも、NHSという国民保険サービスに登録していれば、自己負担はありません。言葉が不自由な人には通訳もつく(現在はわかりませんが、2015年の当時はそうでした)。もちろんつけてもらいました。
病院帰りのカフェで
検査結果はその日は出ないということなので、近くでカフェでランチをすることになりました。
気温は30℃を超えていたと思う。でもそこは迷わず、屋外のテーブルを選びました。湿度がないから、パラソルの下なら、全然暑くないんです。日本人的にはむしろ涼しいくらい。
ところが行き交うロンドン人は、目一杯暑がっている。それが私にはおかしくて、あえて病院の話はせず、この話で盛り上がりました。
「地下鉄で、女性の乗客と目が合ったら、暑い、死にそう、って、ジャスチャーされて、困っちゃった。一応、頷いといたけど」
「こっちの人は30℃あるともう大騒ぎ。たぶん今夜のトップニュースは、この暑さと思うよ」
「私、ロンドンがこんなに夏、涼しいなんて知らなかった。いつもは上着がいるもの。だからほとんどの家にはクーラーないんだよね。Kさんちは、どうしてるの? 」
「窓が二重だし、壁がぶ厚いから、日中は窓とカーテンをしっかり閉めておけば、室内はそんなに暑くならないかな」
「えっ? 開けるんじゃなくて、閉めるの?」
「そう。開けない。で、夜とか朝、冷えた外気と入れ替える」
「京都で町家に住んでいた私に、その発想はなかった。窓は開けないのか」
私の腎臓は不適合でした。
ただ彼にはあげられないけど、私が第三者に腎臓を提供すれば、彼は待つことなく、別の第三者から適応する腎臓を提供してもらうことができる、というような説明を受けました。
私はドナーにはなりませんでした。
帰国したからです。
湖畔に、ピーターパンが遊びに来てくれた夏
湖畔は京都より涼しい。とはいえ日本の夏です。蒸し暑い。
避暑をしに、ひと夏に1度か2度、近くの山(比良山系の打見山)に登ります。あ、ロープウェイで(今年は自力で登るのが目標です)
山頂にびわ湖バレイというスキー場があるんですが、夏は眺望を楽しむカフェテラスや、自然を楽しむアクティビティのフィールドになるんです。
下界との気温差はなんと10℃。知る人ぞ知る、天空の避暑地です。
気温的にはロンドンの夏ですね。
天気がよければ琵琶湖と山々が一望できます。まるでグーグルビュー、パノラマです。夏にゲストが来ると、必ず連れて行く、お気に入りの場所なのです。
3年前の夏でした。7歳になった彼が、ママといっしょに会いに来てくれました。ピーターパンの彼です。
腎臓移植ができたんですよ。
彼の祖母(私の友だちの母)がイギリスへ行き、自分の腎臓を第三者(レシピエント)に提供したからです。
みんなでびわ湖バレイに行きました。ママが話すからだと思うんですが、私のこと、覚えていてくれていて、にこにこしながら手をつないで歩いてくれました。
「湖がきれいでしょ」「うん」「あれが鈴鹿山脈、あれが伊吹山」
そのあといっぱい話してくれました。英語で。聞き取れなかったのはナイショです。
麻生 圭子(あそう・けいこ)
作詞家として数々のヒット曲を手掛けたのち、エッセイストに。京都町家暮らし、ロンドン生活を経て、現在は琵琶湖のほとりに住む。