(神尾茉利・著『刺繍小説』より)
刺繍小説とは?
大好きな小説の中に刺繍のシーンを見つけたその日から、私の鼓動はずっと駆け足を続けています。
刺繍描写のある小説を「刺繍小説」と名付け、出会っては、
この登場人物が刺す刺繍は、一体どんな刺繍だろう?
その刺繍をこの目で見たい。
そしてみんなに知らせたい……
刺繍小説のことを!
そう息巻く私は、刺繍小説を探し、読んで、妄想し、刺繍して……
ここで紹介するのは、そうして生まれた刺繍たち。
見えないものを見るたのしさを感じてもらえたらうれしいです。
『グロースターの仕たて屋』
ねずみが 3びき
すぅわって、
糸をつむいでおりました。
ねこが とおって、
のぞきこむ。
おまえさんたち、
なにしてござる?
ぬっております、
紳士のふくを。
手のひらにおさまる小さな本を開くと、繊細で愛らしいポターの世界が広がった。
そこに刺繍を見つけたとき、私は書店にいることを忘れて小さな悲鳴を上げた。
「言葉でできた刺繍」に魅せられて以来、それに〝刺繍小説〟と名前をつけた私は、〝刺繍小説〟との出会いにいつも目を光らせていたのだ。
『グロースターの仕たて屋』を抱きしめてレジへ向かい、逸る気持ちを抑えて喫茶店に入ると、大きな針を抱えて刺繍をするねずみの挿絵を隅々まで眺めた。
珈琲が目の前で冷めていくことが、その日はまったく気にならなかった。
可愛い図案をたくさん並べると 「可愛さが倍増する」というのは刺繍界の通説です。
並べる際には向きを逆さにしたり、少し傾けたり、工夫を加えると手刺繍ならではの魅力が増します。
針は穴が大きく先の尖った 「フランス刺繍針」がおすすめ。
よく切れる「糸切りバサミ」もあると便利です。
図案を写した布をはめる 「刺繍枠」という丸木枠は必須です。 では、いよいよ刺繍をしてみましょう。
「小説内にあったかもしれない」刺繍を見出す
『美しい距離』のワンピースに、刺繍はない。
『苺をつぶしながら』の乃里ちゃんの朝に、黒い影はない。
けれど、あったかもしれない。
これは私が見た余白の物語。
小説の中の「あのシーンの小物はこんな刺繍があったかもしれない」「あの主人公ならこんな刺繍の服を着ていそう」という逆転発想の作品たちです。
記憶に生きるワンピース
エンディングのストール
<撮影/Naomi Circus>
神尾茉利(かみお・まり)
美術家。刺繍・絵・言葉によるクライアントワーク、テキスタイルプロダクト制作、インスタレーション作品の展覧会などで活動。“言葉を持たない物語”をコンセプトに刺繍で動物を表現する「ひみつのはなし」を2014年より本格化し発表の場を広げている。著書に『ひみつのステッチ 刺しゅうで雑貨&小物づくり』(パイ インターナショナル)、『紙刺繍のたのしび』(共著/ビー・エヌ・エヌ新社)、『さがそ!ちくちくぬいぬい』(学研教育みらい)、『刺繍小説』(扶桑社)など。
インスタグラム:@kamio_mari
オフィシャルサイト:http://kamiomari.com/
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