『おいしい朝の記憶』は、飛田家のふだんの“朝レシピ”と日常が垣間見える文章、どちらも楽しめる盛りだくさんな内容になっています。なんと3年もかけてつくられたと聞きました。
飛田 いわれてみれば、私がインスタグラムを始めてすぐに編集さんから「いずれ本にしてまとめませんか?」と声をかけてもらい、「え、いいの?」と即答したところから数えると3年になります。
内容的に娘のお弁当づくりが終わるまでは続けたいよねってことで、じっくり3年分のインスタグラム投稿をためていて、ようやくいま、かたちになりました。
きっかけはインスタグラムだったのですね。そもそも、なぜ3年前にインスタグラムを始めようと思われたのでしょう。
飛田 私、いわゆるそっち(IT)系の苦手意識が強くて……。料理教室やお話し会などのイベントがあるたびに、「先生もSNSなどでPRしてください」といわれていたのですが、操作や投稿を続けることに自信がなくて踏み込めずにいたんです。
でもあるとき、告知不足でイベントが中止になってしまって、発信する必要性を強く感じました。まわりの方々や娘に力を貸してもらい、なんとかスタートしたというわけです。
実際にインスタグラムを始められていかがでしたか?
飛田 やはりたくさんの方に見てもらえる機会がふえたことは大きかったですね。
「こんなつくり方があるんですね」とか「私もやってみます」というコメントがすごく力になっただけでなく、これから先また制作するであろう本のレシピや原稿を書くにあたり、非常に参考にもなりました。
また、毎日投稿することで、記録というか、日記というか、日々の積み重ねを大切に感じられるようになれたのもすごくよかったな。
とくに反応が大きかったのは、どんなレシピでしたか?
飛田 レシピというより、SDGsの流れもあるのか、野菜くずでスープをとるとか、梅干しの種は捨てずに活用するというあたりは、反響大でしたね。個人的には以前からずっと続けていたのですが、雑誌や本には出ないから新鮮だったのかなと。
あと、私が行きつけの魚屋さんは海のそばということもあり、獲れたてのお魚が一尾ずつ並んでいて、まずはそれを選んでから用途に合わせて切り身や三枚おろしにしてもらっているんですね。そこで残ったお頭や骨は、なにもいわなくても袋に入れて渡してもらえます。
家に帰って、骨を焼いてだしをとったり、頭はあら汁にしたり……。魚を一尾買うとぜんぶをむだなく使え、1~2品プラスできてしまう。この話も大きな反響がありました。本や雑誌記事などの感想もたくさんいただき、いまさらですが「インスタっておもしろいな」って。
満喫されていますね。
飛田 本当にいまさらながらですけれど(笑)。何年も会っていないけれど、元気かなと思っていた方から連絡をいただいたり、同じ料理の仕事をしている方とつながったり。なんだかうれしいですよね。
とはいえ、毎日続けて投稿するのは大変だと思います。続けられるコツは?
ずばり、テーマを決めることでしょうか。私の場合、娘を毎日送り出すにあたって、朝食とお弁当という2つに絞ったのがよかったのかな。撮影時間も撮影場所も毎日ほぼ同じにして、リズムをつくってしまえば、そんなに苦にはならないですよ。
なるほど。写真もとても素敵でした。
本にも書いたのですが、写真はなじみのカメラマンさんにかなりダメだしされて、いまに至ります(笑)。ライティングうんぬんなんて到底できないから、とにかく自然光、とくに朝の光の力に頼るに尽きます。
あとは、その季節の食べ物をできるだけ登場させることでしょうか。季節の光と食材に助けられながら撮影しています。
ほかにも、“朝仕事”を助けてくれたアイテムはありますか?
もう、なんといっても、「(曲げ)わっぱ」ですね。なんてことのないおかずとごはんの組み合わせでも不思議とおいしそうに見せてくれますし、実際、すぐれた通気性や殺菌効果でごはんのおいしさを保ち、においがこもらない効果もあるんです。
あと、時間のない日は娘を駅まで送る20分の間に車中で朝食を食べてもらう「車中めし」というスタイルも採用していたのですが、ここで活躍したのはスープジャー。車の中でも温かい料理を食べてもらうことができました。
韓国のスプーン「スッカラ」も、すくうだけでなくフォークのようにおかずをきることもできると好評でした。
そう、「車中めし」には驚かされました! スープはもちろん、麺類もあったとか。こぼしたりして、車の中が汚れませんでしたか?
飛田 慣れるまで、多少はね。でも、それ以上に私にとってすごくぜいたくな時間だったと思えるんです。
娘は多感な時期だったけれど、朝ごはんを食べながらだと自然と食べものの話ができて会話の糸口が見つかったり。私がつくったものを娘が食べるのを見届けることで、私も力をもらっていた気がするんですよね。
車の中で横並びで過ごせたというのもポイントで、向かい合わなかったからこそ、気がねなく話せたようにも思います。
お互いに大切な時間を築けたのですね。さて、その娘さんがひとり暮らしをはじめられて、またご夫婦おふたりの生活に戻りました。新しい暮らしはいかがですか?
飛田 コロナ禍が明けて夫の海外出張が以前にもましてふえており、このところほぼ家にいないんです。だから実質、ひとり暮らしみたいなものですね。
毎朝5時に起きて3人分の朝食と娘のお弁当をつくるという役目を終えたいまは、正直、ちょっぴりだらけ気味です(笑)。それでもありがたいことに仕事があるから、なんとか保てているのかも。仕事に救われているのかもしれません。感傷にひたる暇はしばらくなさそうですね。
ひとり時間ができたぶん、新しいことをはじめようと計画中です。まずは刺繡でしょ、絵でしょ、それに金継ぎでしょ…。暮らしは大きく変わったけれど、新しい自分を楽しめる“これから”に、いまはワクワクしています。
<撮影/飛田和緒、難波雄史 取材・文/高城直子>
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飛田和緒(ひだ かずを)
東京都生まれ。高校3年間を長野県で過ごし、山の幸や保存食のおいしさに開眼する。現在は、神奈川県の海辺の町に暮らす。夫と大学生の娘の3人家族。近所の直売所の野菜や漁師の店の魚などで、シンプルでおいしい食事を作るのが日課。気負わず作れる、素材の旨味を活かしたレシピが人気の料理家。
Instagram:@hida_kazuo
本記事は『おいしい朝の記憶』(扶桑社)からの抜粋です。
約3年にわたってインスタグラムに投稿されたお弁当と車内飯(通学の車の中で食べる朝食)の 写真と文章で綴られた、「おいしい話」が一冊の本になりました。がんばりすぎず、カッコつけすぎずかといってくだけすぎてもいけない。インスタグラムの小さな画面からどう発信していくか、見ている人とどうつながっていくか。慣れないながらに続けた3年の記録がここにあります。書きおろしのエッセイも多数掲載。