(『レシート探訪』より)
保育園の帰りに立ち寄ったセブンイレブンで
買ったもの
セブンプレミアム ロースハム 98円
セブンプレミアム 挽きたて珈琲無糖 900 138 円
(保育園近くのセブンイレブンにて)
夕方18時過ぎ。息子を後ろに乗せ、保育園から家へと急ぐ帰り道。
「今日のご飯なにー?」
そらきた、とばかりに、「大好きなぶっかけそうめんでーす!」と答えると「いえーい!」と元気な返事。
あぁよかった。次いで息子から、「そうめんに、ハムのせたい」とリクエストが飛んできた。
急いでいるのにな、ハムは生協で売ってるのが好きなんだけど、とあれこれ思いながらもコンビニに自転車を停め、店に入ろうとした瞬間。
パッとわたしの体を押しやった。
「かあかは、中に入らないで。ここにいて」
「えっ」
「ハム、自分で取るから場所だけ教えて」
「えぇっ」
息子の目が、いつになく真剣になっている。そうか、おつかいか。
わたしは財布から500円玉を取り出し、息子の汗ばんだ手のひらにぎゅっと握らせた。
「もっとほかに買うものある?」
好きなお菓子をひとつ選んでおいで、と言おうと思ったけれど、息子はまだ足し算ができないし、お菓子売り場はコンビニの一番奥、外からは見えない場所にある。
それに、こちらがお願いしたものを買うほうが息子もうれしいかもしれない。
そう考え、「じゃあ、アイスコーヒー買ってきてくれる?」とお願いし、息子はひとりでコンビニに入っていった。
5歳の息子、いざ大冒険へ
自動ドアのガラス越しに、様子を観察する。ててて、と小走りで冷蔵品コーナーに行き、無事ハムを手に取った。
よし、と見守るからだに力が入る。次にボトルのアイスコーヒーだ。冷蔵庫の前でしゃがみ込み、じっくり文字を確認しているうしろ姿。
ほどなくして、アイスコーヒーを見つけたらしい。ハムとアイスコーヒーのボトルを、からだ全部で抱えるようにしながら、レジに向かって歩き始めた。
右手には、さっき渡した500円玉が入っているのだろう。ドラえもんのような手のまま、落とさないように運んでいるのがわかる。
レジに並ぶ小さな息子。子どもが並んでいるとは思わなかったのか、お姉さん、そして次のおばさんもまた、先にレジに行ってしまった。
そのたびに、息子が不安そうにこちらをチラッとみる。
わたしの胸が、ぎゅうっとなる。
絵本『はじめてのおつかい』に、主人公のみいちゃんが「ぎゅうにゅうくださあい!」と、何度も声を上げるシーンがある。
みいちゃんの声に、大人たちはちっとも気づかない。サングラスのおじさんや、おしゃべりな太ったおばさんに順番を抜かされてしまうみいちゃんと、息子が重なる。
また胸がぎゅうっとなった。
ようやく、レジのお姉さんが息子に気づき、カウンターの向こうから手招きをしてくれた。
ハムとアイスコーヒーを、自分の背と変わらない高さの台に持ち上げる。
お金を渡し、「はい、お釣り」と手のひらに収めてもらえる時代は、とうに過ぎ去った。
いまやコンビニはセルフレジで、まごまごする息子に、お姉さんが体を乗り出して操作画面をアシストしてくれているようだった。握りしめた500円玉は、きっと湿っているだろう。
そうしてハムとアイスコーヒーを抱えた息子が、こちらに走ってきた。
お釣りを「はい!」と差し出す顔が紅潮している。シワシワになったコンビニのレシート。
いつもならすぐに捨ててしまうその一枚を、この日は大事に財布にしまった。
本記事は『レシート探訪』藤沢あかり・著(技術評論社)からの抜粋です
<撮影/長田朋子>
藤沢あかり(ふじさわ・あかり)
編集者・ライター。大阪府堺市出身、東京都在住。雑貨や文具の商品企画、出版社でのインテリア誌編集などをへて2012年独立。雑誌やweb、書籍を中心に、住まいや子育て、仕事、生き方など幅広い記事を手がける。モットーは「わかりやすい言葉で、わたしにしか書けない視点を伝えること」。
* * *