(安藤竜二・著『手作りを楽しむ 蜜ろう入門』より)
私が蜜ろうに魅了されたわけ
私は朝日連峰大朝日岳の麓の町(山形県朝日町)で、蜜ろうのキャンドルを作る仕事をしています。
じつは、私は150群のミツバチを飼育する父の跡継ぎだったのですが、若い頃にこの蜜ろうキャンドルの魅力に取りつかれてしまい、独立して専門に取り組むようになりました。
とはいえ、私自身もミツバチは大好きなので、毎年数群飼育していますし、忙しい季節には、弟が継いでくれた養蜂の仕事を手伝っています。
蜜ろうキャンドルに私が取りつかれたのには、いくつかの理由があります。
最も心を動かされたことは、私自身が優しく美しい灯火に魅了されてしまったこと。
そして、離れてしまった「人と自然の距離」を縮めるいい手段になるのではと思ったことです。
では、蜜ろうキャンドルは、どうやって私たちの前に現れたのでしょうか。
蜜ろうはミツバチの巣
蜜ろうキャンドルの材料は、蜜ろうです。
その蜜ろうは、ミツバチの巣だけを原料にして作ります。
ミツバチは蜜を蓄えるために、ハチミツを食べてお腹から蜜ろうを分泌し、巣を作ります。
養蜂家が「採蜜(さいみつ:ハチミツを収穫すること)」をする時には、巣枠の外にはみ出て作られた「無駄巣」や、巣穴にハチミツが満タンになると蓋をする「蜜蓋(みつぶた)」を切り取ります。
そのような、どうしても出てしまう不要な巣を原料にしています。
ミツバチは、巣穴に蜜が満タンに蓄えられると、保存のために、蜜ろうで巣穴をふさいでしまいます。
この蜜蓋があると、遠心分離機にかけても蜜は飛び出しませんから、専用の「蜜刀」で切り取る必要があるのです。
また、ミツバチは春から夏にかけて、花がたくさん咲き、家族が増える季節になると、巣箱の中の「巣枠(巣箱の中に入れる木枠。 セイヨウミツバチの養蜂では、この中に巣を作らせるのが一般的)」の外側やちょっとしたすき間にも、どんどん新しい巣を作ってしまいます。
これが無駄巣です。
巣枠の中に入っていないので使えませんし、そのままにしておくと、巣箱としっかりくっ付いてしまい「巣板(巣枠の中に作られた板状の巣のこと。一つの巣箱に複数枚入っている)」を取り出すのが容易でなくなってしまいます。
ですから、見つけるたびに取り除かなければならないのです。
しかし、このやっかいな蜜蓋も無駄巣も、私にとっては宝物です。
これらの巣を精製して、蜜ろうを取り出すのですから。
蜜ろうの色は花粉の色
ミツバチの巣は、花の時期で色が変わります。
これは、ミツバチが食べるハチミツの中に溶け込んでいる、「花粉」の色によるものなのだそうです。
蜜ろうはハチミツから作られますから、その色は植物の花粉がもたらした天然色だったのです。
その鮮やかな色はそのまま、蜜ろうキャンドルの色にもなり、灯した時に炎に透かし出されて大変美しい色を見せてくれます。
たとえるなら、紅葉の赤い葉っぱが太陽の光で透かし出されるのと似ています。
その美しさが、私が蜜ろうに惹かれた大きな理由でもあります。
蜜ろうは自然とミツバチからのおくりもの
木や草は太陽から神聖な光を受け取り、大地から神聖な水を受け取り甘い蜜を作ります。
ミツバチはその神聖な蜜を受け取り蜜ろうを作ります。
私はその神聖な蜜ろうを受け取り、小さな工場でこつこつ蜜ろうキャンドルを作ります。
私が、蜜ろうキャンドルを初めて灯したとき、やさしい光りが部屋中に広がり、その炎の力強く美しい輝きにすっかり魅了されてしまいました。
自然やミツバチは「こんなに素敵なものをもたらしてくれるのか」という事実に感動し、多くの人にも知ってもらいたいと思ったのです。
蜜ろうキャンドルの神聖なあかりを灯した人は、優しさに満ちた夜を過ごすことができるでしょう。
蜜ろうキャンドルを通して、人とミツバチや自然との繋がりをたどっていただき、愛する自然と皆さんとの距離をさらに縮めるための一片となれるなら幸いです。
<撮影/安藤竜二>
安藤 竜二(あんどう・りゅうじ)
1964年生まれ。1983年より父のもと養蜂を学んだ後、1988年に日本ではじめての蜜ろうキャンドル製造に着手。「ハチ蜜の森キャンドル」を立ち上げ、営む。ハチ蜜の森キャンドル代表。アシナガバチ畑移住プロジェクト主宰。(公社)国土緑化推進機構認定「森の名手・名人」。山形県養蜂協会監事。著書に『知って楽しむ ハチ暮らし入門』(農山漁村文化協会)がある。
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