• 妻・薫さんの末期ガン闘病中、絶望の中にいた編集者の小林孝延さんとその家族を救ったのは、モデルでデザイナーの雅姫さんのすすめで出会った、一匹の保護犬でした。小林さんが「福」とのお散歩に格闘する日々を紹介します。
    (『妻が余命宣告されたとき、 僕は保護犬を飼うことにした』より)

    福と夜明け前の公園へ

    画像: 福と夜明け前の公園へ

    外でごはんを食べさせる訓練の日々が続いた。しかし結果から言うとこの作戦は失敗に終わった。

    朝や夜といえども通りに人の気配や車の行き交う音が途切れることがなく、その度に福の意識は周辺に向かってしまう。

    僕が知る限り犬という生き物はおいしいものを前にすれば、必ずや意識はそこに注がれるというものだった。しかし、福は絶対的に「安全」を確信するまではどんなにおいしいおやつを鼻先に近づけても口を安易に使うことはなかった。

    根負けである。福の完勝。徒労感だけが残る苦い結果となった。

    「外を歩くことだけが犬の幸せではないですから、福ちゃんには福ちゃんの幸せがあるのでそれをめざしましょう」

    ドッグトレーナーの藤原先生からはそんな慰めの言葉をかけてもらった。そうなのだ。その子にはその子の個性、性格、生き方、幸せが存在する。それをまるごと受けいれることからすべては始まるのだ。

    「子育てと同じだね。ほかの子ができることをうちの子ができないからといって、無理をさせちゃいけないよね」薫もそう言った。

    頭ではわかっているのだが、しかし、どうしても僕は完全に諦めることができなかった。外でごはんを食べるトレーニングはやめても、散歩だけは少しずつでも続けてみようと思った。

    まずは散歩から可能な限りストレスの原因を取り除こう。そう思って、改めて福が嫌いなものをリストアップしてみることにした。

    ・人通り(特にスーツを着た男性)
    ・車の騒音
    ・トラックから下ろした荷を運ぶときの台車の音
    ・大勢の人が行き交うところ
    ・子どもの声

    これを避けて歩くにはどうすればいいか。

    まずは散歩ルートを練り直してみる。近所に防災を目的とした大きな公園が最近完成したのだがそこはペットOKで、のびのびと犬を走らせることができる。しかも朝の時間帯は人が少ない。よし、目的地はここにしよう。

    こうして福と散歩に行くのはまだ夜が明ける前という小林家の新ルールができた。夜明け前ということは朝ではなくてつまり夜中。ミッドナイト散歩。人や車を避けて散歩をするにはこれしか選択肢はなかった。

    画像: 起きているのに眠そうな顔。まだ耳がピンと立つ前の福

    起きているのに眠そうな顔。まだ耳がピンと立つ前の福

    明け方4時に目覚ましをかけてそっと布団から這い出す。さっき寝たところなのにもう起きる時間だ。家族を起こさないように、息を潜めてそっと防寒着に袖を通す。

    子ども達はぐっすり眠っているが、薬で眠る薫は時間によっては睡眠が浅くなっているから、できるだけ邪魔をしないようにしたい。

    ニットキャップを被りアウトドア用のヘッドランプを頭につける。あいかわらず怯える福をそっと捕まえて首輪さらにハーネス、それぞれにリードを装着する。

    さすがにまだ深夜の時間だから、車も人もほとんどいない。最初はパニック状態に見えた福も、少し落ち着きを取り戻したようだ。これはけっこういけるかもしれない。

    まだ眠りから覚めていないバス通りも足早に通り過ぎ、ようやく目指す公園にたどり着いた。なだらかな丘の上、周辺より一段高くなった古墳のような形状の公園。

    画像: 東の空が赤く染まる。いつも住んでいる街が息を呑むような美しさをみせてくれる

    東の空が赤く染まる。いつも住んでいる街が息を呑むような美しさをみせてくれる

    もちろんこの時間だから誰もいない。もう一本持ってきていた10メートルのロングリードをハーネスに結んで解き放つと、福は恐る恐る、鼻先で枯れた芝を確かめるようにつついた。

    しばらくはそのまま動かずに様子を見ていたが、僕がゆっくりと走り出すと、それに反応するように福も走り出した。

    速度を上げる。福も離されまいとスピードを上げてくる。

    息が上がりそうになったけれど、なんだか楽しい。犬と一緒に夜明け前の公園を全力で走るなんてちょっと馬鹿げていて笑いがこみ上げてくる。

    気がつくと月明かりでうっすらと福と僕の影ができていた。

    画像: 朝日が輝く日も、土砂降りの雨の日も、1日も休まず散歩に出かけようと心に決めたのだ

    朝日が輝く日も、土砂降りの雨の日も、1日も休まず散歩に出かけようと心に決めたのだ

    本記事は『妻が余命宣告されたとき、 僕は保護犬を飼うことにした』(風鳴舎)からの抜粋です


    小林孝延(こばやし・たかのぶ)

    月刊誌『ESSE』、『天然生活』ほか料理と暮らしをテーマにした雑誌の編集長を歴任。女優石田ゆり子の著作『ハニオ日記』を編集。プロデュースした料理や暮らし周りの書籍は「料理レシピ本大賞」で入賞・部門賞などを多数獲得している。2016年からは自身のインスタグラムにて保護犬、保護猫にまつわる投稿をスタート。人馴れしない保護犬福と闘病する妻そして家族との絆を記した投稿が話題となる。連載「とーさんの保護犬日記」(朝日新聞SIPPO)ほか。ムック『保護犬と暮らすということ』(扶桑社)シリーズもリリースした。初の著書『妻が余命宣告されたとき、 僕は保護犬を飼うことにした』(風鳴舎)が発売中。
    インスタグラム:@takanobu_koba

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    『妻が余命宣告されたとき、 僕は保護犬を飼うことにした』(風鳴舎)|amazon.co.jp

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    妻の末期ガン闘病中、家族は会話もしなくなり最悪の状態に。そんな中、モデルでデザイナーの雅姫さんに保護犬を飼うことをすすめられ出会ったのが「福」だった。編集者・小林孝延さんの「福」との出会いと日々を「福」の写真とともに綴った家族の物語。



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