母猫の避妊手術で大騒ぎに
八月の末に保護した親子猫。ついに母猫が避妊手術をすることになりました。
子猫たちはすっかり私たちに気を許してくれているのですが、まだ人間を怖いと思ってしまう母猫。
手術当日。動物病院に連れて行くときも、ごはんの音で釣って、そうっと洗濯ネットに入れるつもりがするりと逃走。その後、はなから逃げ場のないように隙間だけ開けておいた和室にまんまと逃げこみ、今度はそこでもすったもんだ。
噛まれこそしなかったけれど、「フー!」「シャー!」の連続で、動物病院に着くころには、すっかり母猫も、私たちも疲弊しきっていました。
保護したときから母猫──ヨナを診てくれていた獣医さんは、「どうですか? そろそろ慣れましたか?」とにこり。
私たちは、肩を落として、「少しずつ慣れてきていたんですが、築き上げてきた信頼が、今日でまた崩れた気がします」とため息を吐きます。
すると獣医さんは、言いました。
「分かりました。それでは、その信頼がこれ以上崩れないように、洗濯ネットに入れたまま、こちらで預かって、お二人がいないところで検査も手術も終わらせてしまいましょう。お二人は迎えに来るだけ。そうすれば、嫌なところから助けてもらえたという記憶だけが残ると思います」
獣医さんの優しさに、救われる気持ちで、ヨナを預けました。
手術が終わり迎えに行くと、獣医さんの予想通り、ヨナは心細げな声であまえます。家に帰ると、ほっとしたように、敷いていたマットレスに直行。
私たちのことも、怖がる様子はありませんでした。
手術後の母猫をいたわる子猫たちの姿に感動
何より──子猫たちが、代わる代わるヨナを心配し駆けつけました。たった半日いなかっただけでも、子猫たちにとっては大事件。いつもは、舐めてもらう子猫たちが、逆にヨナを優しく舐めました。
動物は、弱っている存在に自然と優しい気持ちをかけられる。
動物だけではありません。すっかり気落ちしていた私たち夫婦に、あたたかい気遣いの言葉をかけてくれた獣医さん。そのおかげで、私たち夫婦は、ヨナを不安がらせないよう優しく迎えることができたのです。
まるで親子逆転のように、ヨナに付き添う子猫。
きっと、子猫たちが避妊手術をするときには、ヨナがそばで支えてくれることでしょう。
「優しい気持ち」は、時間が経っても、「優しい気持ち」として循環するのです。
咲セリ(さき・せり)
1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。
ブログ「ちいさなチカラ」