• 日本人とフランス人では、お金に対する考え方が異なります。予算を決めて買い物をする日本人と、いま持っているお金に合わせて買うものを選ぶフランス人。その違いから、幸せなお金の使い方について、2002年に渡仏し移住している、ミュージシャンで文筆家の猫沢エミさんにお話を伺いました。
    (『天然生活』2023年11月号掲載)

    ミュージシャン、文筆家の猫沢エミさん
    税金に対する考え方の違いが、貯金への意識を変える?

    フランス人がケチという話は、さまざまな本に書かれていることだが、実際にはどうなのか? たしかにその通りかもしれない。でも、逆の見方をすれば、日本人の経済感覚が世界のスタンダードなのかといえば、そうじゃないと私は思うのだ。

    そもそも、経済発展の歴史も社会システムも違うフランスと日本を比べるには無理があるけれど、ちょっと考察してみると、やはり戦後の日本がアメリカ型の物質至上主義経済で推し進められてきたのに対して、フランスは左派の強い社会主義(共産主義とはまったく違うので注意)が主流で、福祉や教育、芸術などへの税金の使われ方が、日本よりも多いなと感じる。

    事実、教育、医療、失業、老後への保障などに手厚いフランスの税金は高い(職業や年齢など条件によって税率が細かく変わる)。しかし、フランスで「税金の使われ方に納得できないから、税金を納めたくない」というセリフをだれからも聞いたことがない。むしろ「フランスの社会システムはよくできているから、もちろん税金を納めたいけど、今月は厳しいんだ」、こんなセリフである。

    そんな国に引っ越して、《“パスポート・タラン”という優遇ヴィザを取得した、印税で生活を立てているフリーランスの作家》という立場で社会登録し、税金を納め、今年の5月には移住してから初めての確定申告を終えた。

    フランスでの初年度は実績がないから税金は最低税率で済んでいたのが、確定申告を終えたとたん、当たり前だがバーン! と跳ね上がって一瞬血の気が引いた。た、たしかに高い……!

    冒頭のフランス人がケチだという理由のひとつには、まず、何よりも先に払わねばならない、この高い税金があるからだろう。ちなみに、払いたくとも払えない場合は、管轄の機関に相談して分割払いにしてもらうなど、日本のそれと同じような対応も可能なようだ。

    貯金にノンキなフランス人、貯金にこだわる日本人

    ところで、日本では“税金は払ったらおしまい、社会への還元はあまり期待しない”という、どこかあきらめに似た感情はないだろうか? 私が日本で税金を納めていたとき、まさにこんな気持ちだった。それがフランスでは、「税金さえ納めておけば、あとは安泰だから」と、政府に自分のお金を預けて貯金しているかのような感覚なのだ。

    いくら税金を払っていても、自分の身は自分で守らねばならないという、一匹狼として東京砂漠を生き抜いてきた日本人の私の感覚と、アーティストの優遇が何かとある、社会での存在には疑問をもたずに安心して生きてきたフランス人の彼(画家)の感覚とでは、やっぱり食い違いがあって、移住当初はお金に対する感覚で、ずいぶんやり合うことになった。

    ある日の口論は、彼に貯金がないことが理由だった。私的には、「は? この歳で貯金がないなんて、自分や家族に対する責任感はないのか!?」といういらだちだった。お金の話はフランスでも非常にデリケートだから、滅多なことでは触れないけれど、カップルとして健やかに存続するために必要とあらば、私は躊躇なく、しにくい話も正面きってする。

    しかしその後、在仏歴の長い日本人の友人と話していた際、「フランス人って、ほんっとみんな貯金もってないよね〜。貯金するくらいなら、ヴァカンスに使っちゃえっていうのがふつうだよね」というのを聞いて、ハッとした。

    そもそも、あの口論から友達のこのセリフを聞くまでには少し時間がたっており、私があのとき彼にした説教は、もしかしたらこの国では通用しないんじゃないかと、すでにうっすら気づいていたからだった。それは、私自身が銀行口座をつくったり、個人の医療保険に入ったりしていく過程で、フランスと日本との社会システムの違いが、少しずつわかるようになってきたからだ。

    フリーランスのアーティストも、各業種ごとにある国の社会保障団体に加入し、失業時や老後も手厚く保障されるフランス。ここまで絵筆一本で娘ふたりを育ててきた彼は、アーティストのなかでも堅実な人だといえる。それができたのも、まさにフランスというアーティストが生きやすい国のアドバンテージだろう。

    「これからは、働きすぎなくても十分やっていけるから」と彼はいってくれるけれど、やっぱりこの歳まで日本で生きてしまった私は、こっそり胸のうちで“貯金にノンキなフランス人と、貯金にこだわる日本人、足して割ったらちょうどいいよな”なんて、思っている。

    猫沢さんの考える、幸せなお金の使い方

    つくり手のパトロンになるつもりで

    画像: つくり手のパトロンになるつもりで

    買い物をする際に意識しているのは、どんなにささやかなものでも、つくり手の活動の支援になるようにという気持ち。すると、つくられたものにも、つくり手自身や、ものの背景にある物語にも自然と興味がわいてきます。

    いわれを知っていると、愛着も生まれ、結果、長くていねいに使っていると感じます。買い物はお金とものの交換だけでなく、ものに宿るつくり手の情熱を支援することなのです。

    贈りもの選びはセンスを磨くチャンス

    画像: 贈りもの選びはセンスを磨くチャンス

    お礼やお祝いで人に贈りものを選ぶときは、よいものづくりをしている友人のプロダクツや、私自身が使ってよかったものを選びます。

    贈りものという、自分を素通りしていくもの選びのときにこそ、ふだんはなかなか鍛えられない幅広いセンスを磨くチャンス。センスを磨き、よいものを買うことでつくり手に喜ばれ、良いものを贈ることで受け取り手にも喜ばれる。こんなに楽しいことはないですね。



    <イラスト/小泉理恵>

    猫沢エミ(ねこざわ・えみ) 
    ミュージシャン、文筆家、映画解説者、生活料理人。2002年に渡仏し、フランス文化に特化したフリーペーパー『BONZOUR JAPON』の編集長を務める。2022年2月から猫2匹を連れ、二度目の渡仏。8月に『猫沢組POSTCARDBOOK~あなたがいてくれるなら、私は世界一幸せ。』(TAC出版)、10月に『猫沢家の一族』(集英社)発売。

    ※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



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